at the time of choice

35.please take me to your hometown


「穴がどこにも無い」

駐屯兵団の先遣隊が夜通し探し回ったが、やはり壁に穴は発見されなかったらしい。

ハンジ分隊長の判断で、一旦トロスト区に帰還することとなった。

兵団は帰り支度を始める。



ルーラはみんなから少し離れた位置にいたので、必然的に最後尾を歩いていた。

前方でベルトルトとライナー、そしてエレンが立ち止まったのが見える。

距離が離れているので何を話しているかはわからないが、ライナーがエレンに何かを説明しているようだ。

エレンが腕を組んで空を仰ぐ。

悩んでいるらしい。

どうせなら帰ってからやればいいのにと思う。



少しずつ距離が縮まっていく。

エレンの返答で、ライナーの表情が固まった。



ここで初めてベルトルトの顔が見えた。

目はひっ迫した様子で見開かれ、口は真一文字に結ばれている。

視線はライナーに注がれていた。



警鐘が鳴った。



何か、あった。



何があった?



急いで駆け寄らなければと思うのに、足は歩みを止める。

これ以上進むのが怖い気がした。



ライナーは頭を抱え込む。

何かを呟いて顔を歪めると、自分を揶揄するような笑みを浮かべた。

おもむろにクリスタが巻いてくれた包帯代わりの布を外す。

掲げた腕から蒸気が立ち昇った。



足が竦んだ。

身体の底から震慄が駆け上り、押し寄せてくる。



ライナーと目が合った。

意志に満ちた瞳に射すくめられる。



決めろ。

今、選んでくれ。



そう訴えている。



ベルトルトを見遣る。

同じ眼差しがあった。



ルーラは絶望にも似た混乱に陥った。

いつかは決断しなければならないと思っていた。

けれど、こんなに早いなんて。



突如、別の視線を感じてハッと顔を上げた。

一対の黒い瞳とかち合う。

ゾッと表情を強張らせた。

その瞳からはドス黒い殺気がほとばしっていた。

――ミカサ…

ミカサの足がピクリと動いた。

同時にルーラも動いた。



それは瞬きするほどの間に起こり、そして終わった。








ルーラは唐突に理解していた。



選べなかったのではない。

勘違いをしていたのだと。



彼らは死なないと思っていた。

彼らは巨人で、巨人の恐ろしさはルーラの胸に深く刻み込まれている。

人としての身体能力も高かった彼らは、絶対的強者に見えたのだ。

死ぬのなら、人類の方だと思っていた。

それは今までの経過から見ても歴然であるように思われた。

彼らなら大丈夫。

たとえ自分が死んでも、彼らは生き延びてくれる。

心の根底に、そんな安心感があった。



ならば、自分は本来の居場所であるこの壁の中で、人類と共に滅びるべきではないのか。

そんな思いがあった。

そうだ、そういうことだ。

ベルトルトを生かすために口を噤んでいる自分は、せめて、人類を犠牲にすることへの責任を取るべきだ、それが正しい形なのだと、そう思っていた。



でも違った。



全然違った。



彼らだって、死んでしまう危険性は大いにあるのだ。

気付いてみれば当然だ。

彼らは敵地に乗り込んできているのだ。

四方を敵に囲まれて生活している。

常に巨人の姿でいるわけでもなく、彼らはこの壁の中ではあまりに少数だ。

むしろ、窮地にいるのは彼らの方なのだ。

身体能力が優れていると言っても、他者を寄せ付けないほどではない。

数に物を言わせれば人類が圧倒的に優勢だ。

もしくは、たとえ一対一だったとしても、リヴァイ兵長や…ミカサなら――








時間が間延びして感じられた。

この時の流れの中ならまだ間に合うと、脳が思考を組み立てて送り返してきたのは、全ての行動が済んだ後だった。



足を踏み締め、地面を蹴り出す。

ミカサの刃が、ライナーを捉えるのが見える。

ベルトルトの腕を引く。

彼を抱え込んで、体を捻り、倒れ込む。

背中に斬撃が走った。

体中の血液が背中に向かって濁流のように流れていく。

一気に体温が下がった気がした。

激しい痛みを感じるとともに、目の前に墨が広がっていく。

墨は急速に視界を黒く染めていった。



あなたがどこかで生きていると思えるから、壁の中で滅びるという選択肢があるのだ。

あなたが生きていてくれなきゃ――



耳鳴りがし始めた。

合間からベルトルトの悲鳴が聞こえてくる。

よかった、間に合った。



お願いミカサ、見逃して。

彼を殺さないで。



耳鳴りは更に酷くなる。



ごめんなさい。

黙っていてごめんなさい。

裏切ってごめんなさい。

でも、あなたならわかるでしょう、ミカサ?

あなただって、人類よりエレンを選ぶでしょう?



彼が大切なの。

お願い、みんな。

彼を死なせないで。



誰かが何かを言っているような気がしたが、もはや聞き取ることはできなかった。

ただ、無機質な耳鳴りの音だけが、ルーラの脳内に響いていた。



一つの願いが、闇の中に灯る。



――私は決めた。あなたと一緒に行く。私も連れて行って――



鋭利な刃物が振り下ろされたかのように、意識はブツリと途切れた。








(20131101)
以降、原作進行待ち
→ここまでのコメント


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