29.please don't lose the balance
一同は扉にできる限りの強化を施し、ライナーとクリスタの周りに集まった。
「うッ」
「ごめん!…多分…骨折してるよね?」
「あぁ…ついてねぇことにな」
クリスタはこの場でできる精一杯の手当てを試みている。
「後は添え木と包帯が…」
クリスタに手当てをされて少し嬉しそうなライナーをルーラは暗澹たる気持ちで眺める。
ライナーは本当にまっすぐなんだ。
その場の空気や人々の思いをダイレクトに受け止める。
そしてまるで自分のことのように感じる。
感受性が強いのだ。
それは見方によっては繊細と言い換えることもできるかもしれない。
ライナーの心は、思いのほか脆い、のかもしれない。
いや、脆いという言い方はしたくない。
情に篤い。
やはりライナー・ブラウンとは、どこまでもそういう人間なのだ。
だとすれば、彼は絶望的なまでにスパイには向かない。
周囲を敵に囲まれた状況下で、正体を伏せて仲間として生活していくためは、欠かせない条件がある。
周囲と自分の心を隔離し、理性をもって相手の感情と接することだ。
彼には酷な気がした。
こればかりは、向き不向きが確実に存在する。
ライナーは生来、理性より感情で動くタイプだ。
今は同居している正義感や責任感が理性に味方しているが、その責任感や正義感も、結局のところ感情の一つである。
バランスが崩れないとも限らない。
いや、もしかしたらもう既に、崩れつつあるのかもしれなかった。
その歪みの一端を今、ルーラは垣間見た気がした。
なぜライナーが、彼らが選ばれたのだろう。
彼らが単独で行動しているとは考えにくい。
5年前といえば、彼らとてまだ12歳。
こんな決死の作戦を考えられる歳とは思えない。
彼らに指示を出した何らかの組織が存在するはずだ。
巨人の力を有するが故なのだろうか。
だとしたら、辛い宿命だ。
ベルトルトは、どう思っているのだろう。
彼は、少なくともライナーよりも距離の取り方は上手いと思う。
空気に溶けようとするかのような振る舞いも、笑顔の後の強張った表情も、今なら納得がいく。
彼なりに必死にバランスを取っていたのだ。
ライナーはその一線を引く作業が下手くそだ。
ベルトルトはハラハラしただろう。
彼が少しずつ人類に肩入れしていく様を見る度に、危機感を募らせたに違いない。
確かに危険だ。
自分で自分を窮地に追い込むことにもなりかねない。
「大丈夫か?ライナー」
コニーが申し訳なさそうに声を掛ける。
「さっきはすまなかった。俺…お前に助けられてばっかだな…。あぁ…そういや、アニにも命張って助けられたよな。いつか借りを返さねぇと…」
「別に…そりゃあ、普通のことだろ。兵士なんだからよ…」
ルーラはサッとベルトルトに視線を遣った。
彼は僅かに眉を顰めている。
ベルトルトは自分たちを『戦士』と言った。
ライナーは自分を『兵士』と言った。
これが演技ならば、問題ないのだが。
「どうかな…あんな迷いなく自分の命を懸けたりするのって…ちょっと俺には自信ねぇぞ…。なぁ?ベルトルト、ライナーって昔っからこうなのか?」
「イイヤ」
ベルトルトはコニーではなく、ライナーに向き直る。
「昔のライナーは…戦士だった。今は違う」
ルーラは少し驚いた。
こんなに人が集まっている場所で釘をさすなんて。
しかも、彼らにしかわからないやり取りとはいえ、自分たちの本性を連想させるような単語を使った。
それだけ、深刻なのかもしれない。
ルーラは無意識に胃の辺りを握りしめる。
しんどい。
知って間もないルーラでさえ、こんなにしんどい。
ベルトルトはたった一人で、過酷な環境で少しずつ心のバランスを崩してゆく友を見ていたのだ。
ほんのわずか見つめ合った後、ライナーは肩を竦めた。
「何だそりゃ?戦士って何のことだよ?」
ベルトルトはそれ以上は何も言わなかった。
(20131027)
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