at the time of choice

25.please say just you love me


涙が冷たい石畳を叩く。

染みが少しずつ広がっていく。

闇が広がっていくみたいに。



ライナーは何も言わなかった。

ただ、苦渋に顔を歪めてルーラの少し横を見据えている。

代わりにベルトルトが立ち上がった。

ルーラは全身を震わせて後ずさる。

「待って。もう少し…」

「ルーラ…」

ルーラはベルトルトを避けるように後退する。

ベルトルトはゆっくりと間合いを詰める。

更に退ったところで踵が壁にぶつかった。

手が差し伸ばされる。

ルーラは目を瞑った。

はたはたと涙が落ちる。

「ルーラ」

庇うように胸の前に構えた腕を掴まれる。

もう片方の腕が背中に回った。

「ごめん」

一瞬、浮遊感にも似た感覚があった。

周囲の温度が上がっていく。

ずいぶん久しぶりに感じる、彼の体温だった。

それだけで警戒が解けていく。

弛緩した身体からまた涙が溢れ出した。

ルーラはベルトルトの背に両手を回し、きつくしがみつく。

堪えていた嗚咽が喉を通り過ぎていった。

涙はベルトルトの匂いのするシャツに染みていく。

ごめん、と彼はもう一度言う。

「好き」

気がついたら声になっていた。

ベルトルトの体に力が入る。

「好き。好き。好き」

ルーラはしゃくり上げる。

「ベルトルトが好き」

ベルトルトはルーラを一層強く抱く。

「僕も、ルーラが好きだ」

こうして抱き合っていると、彼以外の何が大切なのだろうと思う。

何もわからなくなる。

愛おしいという気持ちだけが、互いを循環していた。



ルーラはそっと顔を上げる。

ベルトルトの頬にも涙が伝っていた。



キス、したいな。



ルーラはベルトルトの肩越しにライナーを窺う。

ライナーは腕を組んでこちらに背を向けていた。

こんな時でも、ライナーはライナーだ。

ルーラは切なくなった。

本当はただの悪党だったという方が、よほど楽なのに。



ベルトルトの大きな手がルーラの頬に触れた。

それだけで、胸が握りしめられたみたいに痛む。

触れられた部分が熱く火照った。

ルーラはベルトルトを見上げる。

濡れた視線と交わった。

ベルトルトはルーラの涙を指で拭う。

その痕をまた幾筋もの涙が滑ってゆく。

ルーラもベルトルトの頬に手を当てた。

目をゆっくりと閉じ、唇を合わせる。

始めは触れるだけ。

そして、徐々に深く。

温かい、柔らかな唇。

愛おしい感触。

ずっと、こうしたいと思っていた。



二人は何度も唇を重ねた。

何かを探すように。

何かを求めるように。

何かを拒絶するように。

何かを守るように。

ベルトルトは何も言わないけれど、彼の暗い決意は痛いほどに聞こえた。

二人の涙は混じり合い、口内へ染み入る。



喉に圧迫感を感じた。

すうと背筋が凍ったが、驚きはしなかった。

少し、また少し、力が加わっていく。

始めは圧迫感程度だった刺激は、緩やかに、着実にルーラを害していった。

不足し始めた酸素を求めて、喉が鳴る。

膝の力が抜けて、壁に寄りかかるようにして崩れ落ちた。

異変に気付いて振り向いたのか、ライナーの声が聞こえる。

「おいっ!ベルトルト!何してる!?」

ライナーは二人を引き離そうとベルトルトの肩を揺する。

が、ベルトルトは手を放そうとしなかった。

揺れの反動がルーラを更に締め上げる。

漏れ出た呻き声に、ライナーは慌てて動きを止めた。

「離せベルトルト!お前…自分が何をやってるのか…」

「ライナー僕らは!」

ベルトルトは息を弾ませた。

「戦士だ!僕らには…僕にはやらなきゃならないことがある!それは個人の感情でどうこうしていいものじゃないはずだ!」

ライナーは息を詰まらせた。

「それに…僕はもう…もうずっと前から…人殺しだ…!」

「ベルトルト…お前…」

ライナーは口を噤んだ。

ライナー自身も迷っているに違いなかった。

しかし、とライナーは切り出す。

「こんな少人数の密室で人が一人消えてみろ。追及はどうやって逃れる」

「僕は誰かが屋上に上っていく足音を聞いた。それが、誰かはわからないけど、ルーラがいないならそうなんだろう。その後のことは知らない。もしも屋上でルーラが見つからないなら、何か事故があったのかもしれない。それだけのことだよ」

「…本気、なんだな」

「冗談でこんなことはしない」

「そう、だよな。しかし、お前…本当にそれでいいのか」

ベルトルトはその問いには答えなかった。



(20131023)


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