24.please don't be spiteful
――もし、仮にだ、ベルトルトが巨人だったら、お前はどうするんだ?
あの時はわからなかった。
ルーラにとって、それはあまりに途方もない話で、あり得ない想定だったから、その状況を想像することができなかったのだ。
その場の感情に聞いてみないとわからない。
ルーラはそう返した。
それは裏を返せば、その場の感情に聞いてみればわかるということではなかったか。
では今はどうだ。
今、自分の感情に聞いてみれば答えは出るのだろうか。
だが、その感情はあらゆる方向に散らばっている。
ひとつの感情を拾い集めようとすると、その間に別の場所に他の感情が降り積もっていく。
集めても集めても感情はまとまらなかった。
彼の柔らかくほどけるような笑みが浮かぶ。
この笑顔を見るといつだって安心した。
繋いだ手の温もり。
冷えた指先を冷たいねと包み込んでくれた。
互いを確かめるように交わした口付け。
触れた唇の感触は、爪先から頭の芯まで甘く痺れさせ、ルーラを酔わせた。
彼を愛している。
今でも。
狂おしいほどに。
でも。
背後を振り返ると、そこには阿鼻叫喚の光景が広がる。
ささやかな日常が、降り注ぐ瓦礫とともに崩れ落ちていったあの日。
もう戻らない懐かしい日々。
懐かしい家族。
生意気なくせに、何かと後をついて回っていた弟。
口やかましくて料理は下手で、でも織物はとても上手だった母。
寡黙だったけれど、手を差し出すと力強く握ってくれた父。
陽だまりの匂いのする家。
笑い声。
もう二度と会えない。
あの日、たった一日でみんな失ってしまった。
巨人だ。
巨人がみんな奪っていく。
なぜ。
100年間一度も侵入されることなんてなかったのに。
壁が破壊されたからだ。
誰に。
頭を過るのは、目の前で険しい顔をする二人ではなく、同期たちと肩を並べて笑い合う二人である。
胃が焼き切れそうだった。
せり上がってくる嘔吐感を必死に押し戻す。
なぜ、助けた。
奪うと決めた命のはずだ。
実際、父の声がなければ彼の手が差し伸べられることはなかったのだろう。
あの時、父の何に反応したのだ。
――走るんだ!
どうして。
助けるくらいなら…最初から壁なんて壊さないでよ。
――拒絶しないでくれ。
張りつめた声が響く。
加害者だというのに、その表情は小さな鳥を連想させた。
傷つき籠に追い込まれた、小さな鳥。
本当は飛びたいのに、それを許されず、狭い籠の中で必死に自分の生き方を探している。
羽は傷つき、毛羽立ち、血にまみれている。
――この先、どんなことがあっても…ルーラ…頼む…。
受け入れる覚悟を決めた、つもりだった。
けれど。
「何でそんな意地悪なこと言うの」
目の奥が痛む。
火が点ったみたいに熱かった。
「そんなの…」
想像できなかったあの時より、今の方がよほど。
「わかるわけない…!」
酷い。
ルーラは思った。
あんまりだ。
こんな選択、自分に出来るわけがない。
(20131022)
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