at the time of choice

21.please let me give thanks


ライナーが上階へ上っていくのを見て、ルーラはベルトルトの肩を叩いた。

「ね、ちょっと、付き合ってくれない?」

触れた指先から彼の体温が漏れ伝わってくる。

じわりと染みる懐かしい温かさは、ルーラの心をチリチリと焦がした。

ベルトルトはチラリとルーラを一瞥すると、また視線を伏せてしまった。

「今じゃないと、ダメなの?」

「今じゃないと…ダメなんだよ」

ベルトルトは固い表情で立ち上がる。

宙に落ちた指先は、急速にその体温を失っていった。

ルーラはそれが悲しくて、ほとんど無意識に彼の手を握る。

彼の手は一瞬硬直したが、それでも恐る恐る握り返してきた。



二人は明かりの漏れる一室の戸を開けて中に入った。

ライナーが驚いて振り返る。

「どうした?」

問い掛けて目を落とし、二人の手が繋がれていることに気付いたのだろう、軽く目を見開いて真顔になった。

「…どうしたんだ?」

ルーラはベルトルトの手を両手で包みこんでからそっと離す。

「二人に話があるの」

ライナーは戸惑うようにベルトルトを窺う。

ベルトルトは黙ってライナーの視線を受け止めるだけだった。

その瞳は曇っていて、奥に潜む感情を窺い知ることはできない。

「今は、みんな眠ってる。この部屋は奥まった所にあるし、誰かが来れば足音でわかる。だから、大丈夫」

ライナーが眉を寄せた。

「どういう意味だ?」

「座らない?」

三人は部屋に転がる空樽に腰を下ろす。

息を飲むようにしてルーラを見つめる二人の視線を受け、ルーラは口を開いた。

「初めて会った時のこと、覚えてる?」

唐突な問いに、二人は毒気を抜かれた表情で視線を交わす。

答えたのはライナーだった。

「訓練兵団の入団式の日のことか?何百人のうちの一人だったからな…。お前がよく話し掛けてくる奴だって認識するようになったのは、しばらく経ってからだな、正直」

お前は、とライナーはベルトルトに目を遣る。

「僕も…似たようなものかな。その…それが…?」

「違う」

二人は顔を見合わせた。

「その時じゃない。初めて会ったのは」

「じゃあ、いつだってんだ?」

「五年前」

「五年前…だと?」

「シガンシナ区で、私の手を引いてくれた。ベルトルト、あなたが」

ベルトルトは瞳孔を見開いてルーラを見た。

ライナーも僅かばかり遅れて思い当たったのか、驚愕を顔に広げていく。

「じゃあ…ルーラがあの時の…」

「覚えてたんだ」

ルーラは微笑した。

「二人が船まで連れて行ってくれたよね。私を助けてくれた」

「そうか…お前…」

「二人がいなかったら私は今、生きてなかった」

あの時のルーラに「逃げる」という選択肢はなかった。

ただ混乱の濁流に飲まれ、溺れていた。

背後には巨人が迫っていた。

あと数秒後には巨人の手の中だった。

「ありがとう」

「いや…」

「そんな…」

二人はルーラに笑い掛けたものの、どこか後ろめたそうにした。

「とんだ偶然だな。運命の再会ってやつか」

「運命の…っていうか、私はずっと二人のこと見てたよ」

あの後、人混みで二人とはぐれてしまって、ルーラはとても心細かった。

再会するのは難しいだろうと悲しくなったが、思いの外早く、再会は叶った。

送られた開拓地の隣の地区に彼らがいたのだ。

「全然気付かなかったよ」

「何度か話しかけたこともあるんだよ」

「何で言わなかったんだ?」

「その時の話をしようとすると、あの場面が浮かぶでしょ?当時はまだそれに耐えられなかった」

「そうか…」

「訓練兵になってからは、何となくタイミングが見つからなくて。よかった、言えて」

これはいつか伝えるつもりだった。

二人がいたから、今、ここにいられる。

感謝している。

本当だ。



(20131020)


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