at the time of choice

02.please say what it is


夜。

血が降り注いで凝固した夜。

陰惨という言葉に、臭いがあることを知った夜。

ルーラは兵舎を離れ、森に足を踏み入れていた。

一際大きな幹の根元に腰を下ろし、木に体を持たせる。

ルーラは前を見ていた。

いや、何も見えてなどいない。

視界は曇り、歪んでいた。

ただ、静かに涙だけが流れていた。

気付くと、目の前に人影があった。

「ルーラ…」

「ベルトルト…。よかった。生きてて」

「ルーラも」

ベルトルトはルーラの前にしゃがみこんで片膝をついた。

「どうしてここに?」

ルーラは緩慢な動作で周囲を見渡した。

高い木々に覆われた広大な森。

ここにいると安心するのだ、と思った。

「森が、私を隠してくれるから」

「隠す…何から?」

「巨人から」

そして恐怖から。

現実から。

ルーラを傷つける全てのものから。

ベルトルトは眉を下げた。

「ハンナを…見た?」

「…いや」

「フランツ…死んだって。アルミンが言ってた」

「…そうか」

「私、あの二人を見た時、これで最後かもしれないって思った。でも、こんなつもりじゃなかった」

ベルトルトは黙っている。

彼はいつもそう。

人の内面に近づくような会話に差しかかると、いつも口を噤む。

でもルーラは別に薄情だとは思わなかった。

それが彼だからそれでいいと、ずっと思っていた。

「こんなつもりじゃ、なかったのに…」

でも今は、何でもいいから言葉がほしかった。

彼に何か喋らせたくて、思い付いたままに言葉を紡ぐ。

話しているうちに、言葉は嗚咽へと変わっていった。

「勘違い、してた。もう、覚悟はできたなんて。自分が死ぬ覚悟も、仲間が死ぬ覚悟も、できたなんて、思ってたんだから」

ルーラはぎこちなく笑みを浮かべる。

「ベルトルトには、わかってた?私は、わかってなかった。戦場がどんな場所かなんて、全然わかってなかった。兵士がどんなものかなんて、全然わかってなかった。私はバカだ。…大バカだ」

ルーラは堰を切ったように泣き出した。

身体を震わせて、わんわん泣いた。

それでもベルトルトは黙っていた。

ルーラはベルトルトの腕にすがる。

ベルトルトはなされるがままになっていた。

でも、ルーラは気付いた。

彼の身体が、小刻みに震えていることに。

「…憎い」

ルーラは呟く。

ベルトルトの腕がピクリと揺れた。

「巨人が…憎い!許せない!私の大切なもの…みんな奪ってく!家族も!仲間も!あなたのこともきっと奪っていく!」

ルーラはきつくベルトルトの腕を握りしめた。

今ではベルトルトは明らかにわなないていた。

「そんなことさせない!」

悲鳴を上げるように叫ぶ。

「私は…戦う!!」

ルーラは泣きじゃくった。

あまりに理不尽な現実に、腹が立った。

その理不尽に屈するしかない自分に、腹が立った。

家族を失った時、もうこれで失うものは何もなくなったと思った。

なのに今また、失ったことを嘆き、失うことを恐怖している。

生きろと、何かがルーラに告げているのだ。

それはあまりにも、残酷な声だった。

残酷で、抗うことのできない声だ。

熱を持った感情は収まりを見せない。

森の中にはルーラの泣き声が響いている。

やがてその声に低い呻き声が混じった。

ルーラはハッと気づいて顔を上げる。

ベルトルトの頬を涙が伝っていた。

ベルトルトは泣いていた。

「ベルトルト…」

その顔を見たら、たまらなく悲しくなった。

普段、表情に乏しいその顔には、色濃い感情が浮かんでいた。

仲間の死を悼んでいる。

もちろんそうだろう。

けれど、それ以外の何かがあるような気がした。

だが、ルーラには、それが何なのかわからなかった。

ただ、彼は苦しいのだと、それだけはわかった。

こんな時なのに、彼が、たまらなく愛しくなった。

ルーラはベルトルトの涙を指で拭う。

拭った後をまた涙が伝っていった。

頬に、できる限り優しく触れる。

ベルトルトと目が合った。

ベルトルトはルーラの顎に指を添える。

そうしてゆっくりと目を瞑った。

ルーラも静かに目を閉じた。

二人の唇が重なり合う。

始めは触れる程度に。

徐々に深く。

二人は何度も口づけを交わした。

何かを探すように。

何かを求めるように。

何かを拒絶するように。

何かを守るように。

ベルトルトは結局自分の心を口にはしなかったけれど、彼の悲鳴は痛いほどに聞こえた。

口の中に沁み込んでくる涙がどちらの涙なのか、もうわからなかった。



その翌日、ルーラもベルトルトも、調査兵になった。



(20130929)


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