15.please don't trouble me
ベルトルトとチェスをしていたライナーと目が合った。
その瞬間、今更ながらあの時の壮絶な体験が蘇ってきた。
右翼側を担当していたルーラは、同じく右翼側にいたライナー、ジャン、アルミンと共に女型の巨人と交戦していた。
班員を失ったルーラは、三人と合流し、女型の巨人を追走した。
壊滅的な打撃を受けた右翼索敵班の惨状を知り、撤退命令が出るだろうと予測していた四人は、兵団が撤退するまでの時間を稼ぐべきだというジャンの主張で、女型の巨人に挑んだ。
しかし、女型の巨人の身体能力は想像を絶していた。
アルミンは馬から投げ出されて頭部を負傷し、ジャンも危うく叩き落されるところだった。
アルミンの機転で難を逃れたものの、それを好機とうなじを狙って飛んだライナーは、女型の手に捕まり、握り潰されたかに見えた。
ライナーの苦しげな呻き声を聞いた時、ルーラは頭が真っ白になった。
気付いたら地を蹴っていた。
――ルーラ!よせっ!!
ジャンの声を背に、女型の手に向かって飛んだ。
後で振り返ると恐ろしいことだが、簡単に軌道が読める一直線で単調な動きだった。
女型はライナーを握ったままの拳を振り下ろす。
目の前に拳が迫った。
我に返った時にはもう手遅れだった。
死んだ。
そう思った時、女型の指が飛んだ。
そこからライナーが飛び出してくる。
女型の指を切り裂いて拘束を解いたのだ。
ライナーは空中でルーラを抱き止め、地面に降り立つと、走れとルーラの背中を叩いて、今度はアルミンを抱えた。
そこまでが限界だった。
四人は素早く木の群生地帯に身を隠したのだった。
あの時は、死んでしまったかと思った。
自分が?
そう、そしてライナーが。
ルーラは安堵と恐怖に身体を震わせる。
テーブルの上で組んでいた両手が小刻みに揺れた。
「おいルーラ、どうした?」
「なんか、今頃、こ、怖くなっちゃって…」
「ああ、お前ら女型の巨人とやりあったんだもんな」
コニーが相槌を打つ。
「無事でよかったです」
「たしかにあん時ゃヤバかった。間一髪だったな」
ベルトルトが顔を曇らせる。
「生きててよかった…」
ルーラの語尾が震えた。
「ああ。みんな無事で何よりだ」
「死んじゃったかと思ったんだから!…あの時…ホントに…」
奥歯がガチガチと鳴る。
「よかった…生きてて…」
ライナーは面食らった様子で目を瞬いた。
ルーラは震えを絞り出すように長い溜息を落とす。
重く下がる額を手のひらで支えた。
「勘弁してよ。ホントに…」
ライナーは宥めるように笑う。
「ありがとうな」
そして眉間を引き締めた。
「けどな、お前も危なかったんだぞ。俺のタイミングがもう少し遅かったら、女型の拳に潰されてた。九死に一生ってやつだ」
ベルトルトは硬い表情でルーラに視線を向ける。
「あの時はもう、俺は死んでるか、自力で出てくるかのどちらかしかなかったはずだ。お前は飛ぶなら、女型の死角に飛んでやつの機動力を殺ぐべきだったんだ。ああいう場面で冷静さを欠いたら終わりだぞ。だいたい、下手したら俺がお前を切り裂いてたかもしれない。俺にお前を殺させる気か。もうあんな真似するな」
ルーラは耳の痛い指摘に顔を上げることができない。
「わかってる」
ライナーは表情を緩めた。
「せっかく拾った命だ。大事に使わないとな」
「うん。ホントに」
本当にそうだ。
こんなことを言い合えるのも、今、命があるからだ。
本当によかった。
(20131013)
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