28.please mind danger
ルーラはその場から動けずにいた。
二人に加勢に行くべきか、それともいつ折れるともわからない三叉槍の代わりの武器を探しに行くべきか。
咄嗟に選択できずにいる。
逡巡の最中、こんな切迫した状況だというのに、ルーラの意識は先ほどの二人の言葉へと逸れた。
死の瀬戸際で、二人が口にしたのは故郷への思いだった。
二人にとって故郷に帰ることは本当に特別な意味があるのだ。
特にライナーは以前からそれを強調していた。
彼にとっては、それが全てであるような印象も受けた。
ならば尚更、なぜ、とルーラは思う。
死の最前線に二人は自ら飛び込んだのだ。
危険を重々承知の上で、真っ先に斥候をかって出た。
いや、ベルトルトは始めライナーを止めた。
彼を追ったのも、彼の無茶を止めるためだったように思われる。
ライナーだ。
彼らの正体を知った上で改めて考えると変だ。
ライナーは、今も、これまでも、ずっとそうだった。
自ら先頭に立って仲間を率い、進んで危険な役割を引き受けた。
信用されるため、にしてはリスクが大き過ぎるし、そこまでする必要もない。
それに――ルーラは自分が人を見る目がある方だとは思わないが――偽りの自分を演じ続けられるほど、ライナーが器用だとは思えなかった。
だとすると、人類に対して情が湧いているということだ。
ルーラは冷や汗が噴き出してくるのを感じた。
危険だ。
彼は非常に危うい淵を歩いている。
これではいけないと思った。
ルーラはギクリとする。
なぜだ。
彼が…彼らが人類にほだされ、味方をしてくれるなら、全て丸く収まるではないか。
彼らと人類は争わなくて済む。
ルーラもどちらも裏切らなくて済むということだ。
その方が都合がいい。
そう、好都合だ。
だが、彼らは彼らの背後にある何かを裏切ることになる。
それは彼らにとってどの程度の危険が及ぶものなのだろう。
そしてその場合、彼らは故郷へは帰れなくなるのではないだろうか。
「お前ら!そこをどけ!」
ユミルの鋭い声が飛んだ。
振り返ると筒型の大砲を持ち出してきていた。
見たことのない型だが、今はどうでもいい。
「オイ…それ…!火薬は!?…砲弾は!?」
「んなもんねえよ!これごとくれてやる!」
ルーラは柵のない螺旋階段上にいた。
下の階との距離を測り、これならばと飛び降りる。
下の二人も素早く横へ飛んだ。
石を叩く摩擦音とともに、大砲が階段を滑走していく。
勢いよく突っ込んだ大砲は、見事に巨人を下敷きにして動きを止めた。
ルーラは気の抜けた情けないため息を漏らす。
「大丈夫?」
差し出されたベルトルトの手を握りしめて起き上がった。
「私は全然」
ユミル、クリスタ、コニーが降りてきた。
「三人とも大丈夫?」
「ああ、なんとかな」
「どうする?こんな小さなナイフしか無ぇけど…うなじ削いでみるか?」
「止めとけ。掴まれただけでも重症だ…」
「と、とりあえず上の階まで後退しよう!入ってきたのが一体だけとは限らないし…」
ユミルとクリスタが引き返していく。
ライナーはベルトルトとルーラに目を遣った。
「おい、行くぞ」
ルーラは頷いて顔を上げる。
次の瞬間、目を見開いて凍りついた。
「コニー!!」
階段を上ろうとするコニーの背後に、新たな巨人が迫っていたのだ。
ルーラは反射的に駆け出そうとした。
が、一瞬早く大きな背中が動く。
ライナーがコニーを突き飛ばした。
巨人は割って入ったライナーに食いかかる。
ライナーは避けきれないと判断したのだろう、咄嗟に腕を突き出した。
巨人はその腕に食らいつく。
苦痛のうめき声が響いた。
「な…!?」
「ライナー!!」
ベルトルトとルーラの悲鳴が上がる。
ライナーの額を大量の汗が伝う。
巨人の歯が更に深く腕に食い込んだ。
ライナーは意を決した表情で咆哮を発した。
巨人を担ぎ上げ、明かり採りの枠から身を乗り出す。
「ライナーまさか…そいつごと飛び降りる気か!?」
「これしか無ぇだろ!!」
「バカなこと言わないで!!」
ルーラはライナーの腰にしがみついた。
「こいつの顎の筋肉を切っちまえば…!」
コニーがナイフで巨人の顎を裂く。
「離した!」
ルーラはライナーを通路へ引きずり下ろす。
巨人はベルトルトとユミルが外へ突き落とした。
荒い息が重なり合う。
「サンキューコニー。助かった」
「そりゃ、こっちの台詞だぜ…」
ルーラは身震いした。
ライナーはただ、危機を乗り切れてよかったと思っているようだ。
それ以外の思考や感情は働いていないようだった。
「ライナー!!」
思わずカッとなって怒鳴った。
「あなた!ここから飛び降りて、どうするつもりだったの!?」
ライナーはおろおろとルーラを見返した。
「い、いや…」
「死ぬつもりだったの!?生身で巨人の中に飛び下りて、無事でいられる自信でもあったの!?策でもあったっていうの!?何するつもりだったのよ!!」
周囲の人間も呆気に取られている。
ルーラは呼吸を落ち着けるように息を吐いた。
「しっかりしてよ…」
コニー、ユミル、クリスタは当惑の視線を交わす。
ベルトルトは、憂いを瞳の奥にひた隠しにして、その様子を見つめていた。
(20131026)
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