16.please stop a quiver
それにしても、とルーラは窓の外を見る。
外には、何故かウォール・ローゼ内で武装した上官たちが、小屋を囲むようにして立っているのが見える。
女型の巨人の正体は結局誰だったのだろう。
アルミンの言葉を思い返す。
――あいつは、巨人の体をまとった人間…エレンと同じことができる人間だ。
――「超大型」や「鎧」の巨人が壁を破壊した時に大勢の巨人を引き連れてきたのはきっとあいつだよ。
アルミンの言うことが正しいとすれば、あの三体の巨人は徒党を組んで人類を襲っているということになる。
そして、アルミンの考えはたいていの場合正しい。
巨大樹の森で、アルミンとジャンは今回の調査についての推論を交わしていた。
――あの女型巨人を捕獲するためにここまで誘いこんだんだな?そんな大作戦を一部の兵にしか教えなかった理由もこれしか考えられねぇ。
――人為的に、壁を壊そうとするやつらが兵団の中にいるってことだろ?
――うん…僕もいると思う。多分…団長はそう確信している。
巨人がエレンを追って現れることを団長は知っていた。
そして実際に、女型の巨人は壁外調査を待っていたかのように現れた。
――エレンの巨人化をあの時に知った奴の中に諜報員のようなのがいるってことだな?
巨人化する人間やそれに与する諜報員が、兵団内部にいる、とアルミンは言った。
ひやりとした。
ルーラは無条件に、「超大型」や「鎧」は壁の外からやってくるのだと思っていた。
以前の二回の襲撃は、いずれも「超大型」が外から壁を破壊したところから始まったということも大きい。
が、同類だと言われていたにもかかわらず、ルーラはエレンとあの二体をまったく別物として捉えていた。
片や正体不明の人類の敵。
片やエレンの思いの強さが実を結んだ人類の希望。
でも実際は、想像以上に巨人は身近にいるのだ。
よりによって、身内に敵がいる。
人類を守るべき兵団の中に。
だからこそのこの早急な壁外調査だったのだ。
一刻も早く敵をあぶり出す必要があった。
あぶり出す?
チクリと何かが胸を触った。
あれ?
今、何か気になったような。
今までに確認されている、知性を有する巨人は何人いる?
エレンを除けば、三体だ。
女型の巨人、超大型巨人、鎧の巨人。
諜報員のような存在が居るのかどうかはわからないが、どう少なく見積もっても、三人は壁内に潜伏していることになる。
エレン。
エレンは女型の巨人に狙われている。
もし、あの三体が仲間なら、他の二体もエレンを狙っているのではないか。
待て。
近々、エレンは王都に召還される。
エレンが一度中央に渡ってしまえば、もう外に出てくることはないだろう。
この機会を逃すだろうか。
仕掛けてくるのではないか。
いや、そんなこと、団長やアルミンがとっくに察しているはずだ。
ならばなぜ、巨人捕獲作戦の命が出ない。
新兵は足手まといと判断したのだろうか。
それだけではない気がする。
わざわざ人手を割いてまで見張りを立て、新兵を一か所に閉じ込める理由がないからだ。
閉じ込めている?
まさか…。
悪寒が走った。
直後、心臓が激しく脈打ち始める。
まさか団長は…。
胸が苦しい。
肩が大きく上下している。
104期生の中に敵が潜んでいると疑っているのだろうか。
だから、エレンの王都召還が差し迫った今、妙な動きをする人間がいないかどうか、見張らせている…?
「クッソー、夜抜け出してやろうかな」
コニーの声に大きく鼓動が跳ねる。
「村に帰って見返してやんのさ。ちょっとだけでいい…俺が生きてるうちに」
そうか。
コニーとサシャはウォール・ローゼの南区出身だったっけ。
発言の動機を見つけて安心する。
そんな自分に罪悪感を感じた。
何を考えているんだ、私は。
気が緩んだ直後だったからか、ライナーの言葉は思いの外ルーラを動揺させた。
「コニー、お前が本気なら協力するぞ」
ルーラは瞠目した。
なぜ。
あなたは普段、それをたしなめる役回りでしょう。
集団においての身勝手な単独行動は、その一団全体の危機に繋がりかねないと、眉を顰めて説いていたでしょう。
何故だと問われてもっともらしい返答をしているライナーを呆然と眺める。
「ルーラ、どうしたの?顔色が悪いよ」
ベルトルトが心配そうにこちらを覗きこむ。
ルーラはそれに反応することができなかった。
ふいにあの時の会話が頭を掠める。
なぜ、こんな時に思い出す。
なぜ、今、このタイミングなのだ。
なぜあの話をした時、彼はあんなにも動揺した?
動揺して、その後改めて問うた。
あの時の彼の心情は一体。
――もし、仮にだ、ベルトルトが巨人だったら、お前はどうするんだ?
巨人の姿形が人間の時の姿を継承するとしたら、女型の巨人は女だ。
そして超大型と鎧の二体は男。
ずば抜けた背丈と屈強な肉体がそれぞれの特徴だった。
何を…私は何を考えている?
バカバカしい。
ルーラはテーブルの上に乗っているチェス盤を食い入るように見つめた。
(20131014)
*←|→#
[bookmark]
←back
[ back to top ]