10.素直に(完)
ドリスとライナーは食堂棟の裏で向かい合っていた。
ここは森と違って遮るものがないので、月と星がよく見える。
満月が近いらしく、ふっくらとした月は柔らかな光を放っていた。
「抜け出してこられた?」
ライナーは安堵したような困ったような表情で頷いだ。
「見ての通りだが」
「あのさ、さっきはありがとう。黙っててくれて。別に言ってもよかったんだけど、何て言われるかなんとなく想像つくから、ちょっと嫌だったんだ」
「あいつらにとっちゃ何だってネタだ。一度口にすればな。黙ってるに超したことはないだろう」
「ホントに」
二人は苦笑する。
「にしてもだな、中は蜂の巣を突いたような騒ぎになってるぞ」
「あー…そっか。そりゃそうだね。これじゃ話題提供しちゃったようなもんだもんね。でも、あの場じゃないと、ちゃんと言えなかったと思うから…ごめん」
ドリスは照れながらライナーを見上げる。
複雑そうな顔をしたライナーと目が合った。
「さっきの」
ライナーは頭を掻く。
「え?」
「その…お前が言ってたやつだ」
「言ってたやつ…」
「どっちだ?」
ドリスは首を傾げた。
ライナーが何を言おうとしているのか、わかりかねている。
「どっちって?」
ライナーは視線を上空へと逸らすと、頭を掻きむしった。
「だから、どっちの好きだ?」
「あ…」
意図に気付いて、ドリスは赤面した。
咄嗟のことで頭が真っ白になる。
自分でした発言のくせに、どういうつもりでライナーに聞いてほしかったのか、よくわからなかった。
ただ単に友情の意味で伝えたかったのか、それとも恋愛感情の意味で伝えたかったのか。
どうしたかったんだろう。
いや、今、どうしたいんだろう。
ごまかすなら今だ。
今ならまだごまかせる。
言葉が途切れた。
辺りに静寂が落ちる。
心地よい風が肌に触れては抜けていった。
何を言えばいいのかわからないまま、時間だけが経過して行く。
気まずい沈黙に慌てたのか、ライナーは叫ぶように言った。
「スマン!今の、なしだ!」
「えっ…」
「なんだ、その、もう寝た方がいいな。明日の朝一は座学だからな。居眠りでもしたら教官の雷が落ちる」
「う、うん…」
ライナーは挨拶も早々に立ち去ろうとする。
このまま何も言わないで、なかったことにして、行かせてしまっていいのだろうか。
いや、このままにしても、状況が悪くなるわけではない。
今まで通り、仲間として接していけばいいだけだ。
その方が安全だし…楽だ。
ライナーはどういうつもりでこの質問をしたのだろう。
視線を逸らしたライナーの顔は照れているようにも見えた。
期待、してもいいのだろうか。
自分はどうなのだろう。
ライナーのこと、好き?
好きだ。
でもそれはまだ、仄かな恋心とも呼ぶべきもので、ようやく最近気付いたばかりで、これから大切に育んでいきたいと思っていたものだ。
もう少し、まだ、胸にしまっておきたい気もする。
やっぱり…今はまだ…
本当にそれでいいのか。
先ほど、ライナーへの感謝の気持ちを素直に口にできたのは、幸運だった。
たまたまあんな場面に出くわさなければ、ありきたりな礼を言って終わりだったかもしれない。
今のこの場面だって、一つの貴重なタイミングではないか。
この機会を逃せば、もう二度と巡ってこないまま、一生が終わってしまうかもしれない。
どうなるかわからない…本当に、先の見えない人生なのだから。
後悔、するくらいなら――
「待って!」
ドリスはライナーの腕を掴んだ。
ライナーは驚いて振り返る。
ドリスの姿を捉えようとするライナーの顔に向かって、ドリスは踵を浮かせた。
ライナーは目を見開いて固まった。
数秒の間の後、後ろに倒れ込んで尻餅をつく。
その場所に手を当てて呆然としていた。
「…こっちの好き」
ようやっとそれだけ言うと、いても立っても居られず、その場を離れようと走り出す。
その腕を今度はライナーが掴んだ。
――fin――
(20130922)
→あとがき
10.素直に(完)
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