森の中の協奏曲

06.旅立ちの気配


その日から毎晩、ドリスとライナーは森と兵舎を往復した。

相変わらずドリスは夕食のパンをキツネに与えていたが、代わりにライナーが自分のパンを半分ドリスに分けてくれた。

もちろんドリスは最初、頑なに拒否したが、それならば捨てるまでだと言われて折れたのだ。

だんだん作業にも慣れ、傷も作らなくて済むようになっていった。





それに伴い、同期たちの噂も鳴りを潜めた。

かと言えば、そうでもなかった。

それどころか、更なる盛り上がりを見せている。

それはそうだ。

毎夜毎夜二人が抜け出していることは、男女の部屋情報を突き合わせればすぐにわかることなのだ。

寝所が同じアンナとベルトルトは、相手を気遣って口を噤んでいたが、部屋が仕切られているわけでもなく、目隠しにカーテンが掛かっているわけでもない為、残念ながらあまり意味があるとは言えなかった。

彼らが二人の後をつけようと思わないのは、アンナや僅かな常識人による説得と、教官への恐怖からだったが、タガが外れるのも時間の問題に思われた。

そうなったらそうなったで、みんなも道連れにする算段だった。





ドリスはライナーを遠目に観察するようになった。

傍目に見ていた頃のイメージと違わず、彼は根っからの兄貴分のようだ。

面倒見がよく、大らかで豪快だが、きちんと人を諭すことができる。

そして、その豪快さから大雑把という印象を受けがちだが、意外に細やかで律義な一面もあった。

「おいコニー、お前この前これ探してただろ」

「え?あー…そうだっけな…サンキュー、ライナー!」

「あれっ!?これ壊れてたと思ったんだけど…」

「直しといたぞ。まずかったか?」

「ウソ!ありがとライナー!」

こんな会話がチラホラと耳に入る。

ドリスの「綺麗事」にも付き合ってくれるし、まあ一言で言えばいい奴なのだ。

自ずと同期からの信頼も厚い。

ドリスはライナーに尊敬にも似た感情を抱くようになっていた。

それ以上に信頼していた。





あのキツネは順調に回復していった。

爛れて膿んでいた皮膚は乾き、かさぶたが覆い始めている。

動き回れはしないものの、自分で体勢を変えることもできるようになった。

眼にも生気が戻ったように見える。

また、ドリスとライナーの前でも食事をするようになっていた。

初めて目の前でパンに口をつけた時には、感極まってライナーを振り返ったが、彼は複雑そうな顔をして言った。

「野生に戻るんだ、あまり人に慣れさせるのはよくないんだぞ」

それでもやはり嬉しいのか、最後は食事は仕方ないと笑った。

体力がついてくると、回復の速度も格段に上がった。

昨日は、自ら立ち上がる気配を見せた。

結局失敗に終わったが、気力と体力の回復を自身も実感しているのだろう。

歩けるようになる日は近い。



(20130918)


06.旅立ちの気配

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