05.お医者さんごっこ
「で、朝食の続きだが」
夜、ライナーは道の途中でドリスを待っていた。
「ライナー…何もこんな時間じゃなくても…」
「こんな時間でもないと話せんだろ」
「それもそうか」
ライナーは目でドリスを促す。
ついてきてくれるらしい。
二人はゆっくり歩き出す。
「ほら、これ。食えよ」
ライナーは懐からパンを取り出した。
半分にちぎってある。
「ライナー、これ…」
「どうせ全部あのキツネにあげちまうつもりなんだろ」
「でもこれライナーのだよね?ダメダメ、もらえない」
「お前、それ続けてたらそのうち倒れるぞ」
「でも、こんなことしたらライナーの方が倒れちゃうでしょ。ただでさえ体でかいんだから」
「心配するな。少なくともお前よりは丈夫だ」
正直、誘惑度は高い。
かなり高い。
何せ既に胃が反応しているのだ。
口の中につばもたまってきた。
「や、やっぱりダメ!」
気力を振り絞ってライナーに押し返す。
が、同時に盛大に腹が鳴った。
あまりのことに顔を真っ赤にしてライナーを見上げると、ライナーはライナーで盛大に吹き出していた。
「ほら。大人しく食っとけ。俺は食わん。お前が食べないなら、それもキツネにやるんだな」
もはや見栄もプライドも失ったドリスは、空腹に屈服し、深くライナーに頭を下げた。
「ライナーさん、本当にありがとう」
「気にするな」
「このご恩はいつか必ず…」
食い物の恨みが恐ろしい分、食い物の恩は深いのだ。
ドリスはもう一度ライナーに頭を下げた。
そろそろ道の半分くらいというところでライナーが尋ねた。
「あのキツネ、どうだ?」
「あんまり変わらない。そんなに早くは、ね」
「だろうな」
ドリスはライナーを窺う。
「お医者さんごっこだと思う?」
ライナーは横目でドリスをチラリと見る。
「まあ、な」
「だよね」
自分でもわかっている。
こんなこと、どうあがいても綺麗事の域を出ない。
「でもさ、考えたんだよ。自然の摂理って、ライナー言ってたでしょ。そうだよなーって、思った。けど、その自然の摂理の中に、人間の取る行動だって当然含まれるんじゃないかな?だったら、私があの子を見つけて手当してやってるのも、自然の摂理の範疇なんじゃないかなって」
ライナーはポカンと口を開けた。
「ライナー?」
「そうとも…言えるか」
ドリスは苦笑する。
「こっちはね、ライナーへの言い訳」
「言い訳?」
「ホントはね、確かめたいんだと思う」
ライナーは不思議そうに首を傾げる。
「私たち、他の生き物と殺し合いながら生きてる。牛や豚を食料にして、気付きもしないうちに小さい虫を踏み潰して、同じように巨人に殺されて、殺して」
巨人、と名を出した途端、悪寒で身体が震えた。
「食物連鎖って言葉を強く感じるんだ。それが生きるってことなんだって思う。でもね、あの時、巨人を殺すための訓練の最中だったっていうのに、あの子を見つけて、痛そうだなって思ったんだ。助けてあげたいって思った。この気持ちって何なんだろう。ただ集中してなかっただけなのかな。無駄な感情?それとも…何か意味があるのかな」
「それを確かめたいってことか」
「うん」
ライナーは渋い顔をした。
「やっぱり甘ちゃんだな」
「そう思う?」
「ああ」
「そっか…」
「だが、乗りかかった船だ、付き合ってやるよ」
ドリスは驚いて目を丸くした。
「えっ…と…」
「俺はお前を甘ちゃんだと思う。だが、それが正しいとも限らないってことだ。俺にも何か見えるかもしれんしな」
行くぞ、と前に立ったライナーに向かって、ドリスは弾けるような笑顔を浮かべた。
「うん!」
(20130917)
05.お医者さんごっこ
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