03.お揃いのけが
結果から言えば訓練はなんとか切り抜けたのだが、その代わりに、朝食の際、ちょっとした騒動があった。
夜更けの大冒険が響き、完全に寝不足のドリスは時間ぎりぎりに食堂に足を踏み入れた。
すると、姿を認めたサシャが目を丸くして駆け寄ってくる。
「どうしたんですかその怪我!ドリスまで!」
まで、という言葉に反応すると、サシャの視線は奥のテーブルに向けられていた。
ライナーだ。
「なんだ?ドリスもか?」
コニーが寄ってきて、半ば強引にライナーのテーブルに誘導する。
ライナーと目が合った。
「よう」
「おはよ」
「で、二人ともどうしたんだ?」
尋ねるコニーは心配しているわけではない。
面白がっているのだ。
めんどくさいことになっちゃったなぁとライナーに視線を送ると、まったくだと言わんばかりに肩を竦めた。
「大したことじゃない」
「んなことねーだろ。傷だらけだぞお前ら。就寝前まではピンピンしてたのによ。二人仲良く何してたんだよ…ん?二人仲良く?」
コニーは自分の言葉で何かを閃いたらしい。
目は爛々と輝き、顔には含み笑いが広がっていく。
舐めるような視線をドリスとライナー交互に送った。
「ははーん…お前らそういう仲かよ…」
「ええっ!?」
サシャが必要以上に大きな奇声を上げる。
おかげで周囲がざわついた。
「ってことはその傷ってまさか…」
コニーはもはや含み笑いというよりほくそ笑んでいる。
「お前ら…激しすぎだろ!ぐほっ!!」
間髪入れずにライナーの拳がコニーにめり込む。
「えええええっ!?」
しかし、再びサシャが奇声を上げたのを皮切りに、周囲に火がついてしまった。
「そうなんですかドリス!」
「違う」
「おーい、こっちが面白いことになってるぞ」
「じゃあライナーはホモじゃなかったってこと?」
「ホモじゃなかったけど、野獣だったってことでしょ」
娯楽が少ない分、話題ができたときの情報の拡散は爆発的だ。
ああ、ライナー、本当にごめんなさい。
でもこれで、ライナーがホモだって疑ってるのは私一人になったよ。
だから許して!
ともかくも、ここでムキになって否定しては、余計に疑惑を深めるだけなのだ。
言いたい放題の同期に無我の境地で耐える。
好き勝手言わせているうちに、朝食時間は終わりを迎えた。
とにかくリアクションを取らないこと。
それが最短で騒ぎを収める最善の策であるとの結論に至ったドリスとライナーは、休憩中や夕食時の質問攻めをすべて黙殺することによって交わした。
あと数週間もすれば興味も逸れるだろう。
そしてその日の夜、ドリスは再びキツネの元に向かった。
昨夜落としておいたパンは、キツネが食べたのか、風にさらわれたのか、なくなっていた。
「ごめんねー…」
ドリスは布でキツネの口を縛る。
その間に手早く薬を付け直す算段だ。
少々乱暴だったが、結果的にはこれがお互い一番楽で安全だ。
段取りは考えてきたものの、今日は一人なのでやはり手間取った。
口が使えないからと、キツネが前足で応戦してきたのも大きな一因だ。
「イテテ…もう少し我慢してってば!」
どうにかこうにか手当てを終え、ホッと息をつく。
「お待たせ。今外してあげるからね」
布を外すと、キツネは立体機動装置よろしく威嚇に満ちた息を噴射した。
ドリスは慌てて後ずさる。
「待って待って、もう一個プレゼントあるから」
ドリスはパンを取り出し、ちぎって口元に置いた。
「はい。昨日はちゃんと食べたの?きみが食べてくれないと私、パン丸々一個捨ててることになるんだけど」
その事実は思いの外ドリスにダメージを与えた。
「ああ…」
腹の虫が悲鳴を上げる。
汁物だけでは腹の足しにはならない。
「いいの、気にしないで。…はぁ…帰ろ…」
じゃあまたね、とドリスはトボトボ来た道を引き返すのだった。
(20130915)
03.お揃いのけが
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