01.森の中のいのち
「おい!ドリス・ベルガー!誰が立ち止まっていいと言った!開拓地に行きたいのなら遠回しな主張はいらんぞ!!」
「いえっ!申し訳ありません!」
ドリスは泡を食って走り出した。
現在は兵站行進の最中で、深い森を縫うように伸びる未舗装の小道をひたすら激走していた。
ドリスは決して体力に長けた方ではない。
教官の乗る馬から遅れないように必死に食らいついていた。
しかし、さっき見た光景が気になってチラチラと後ろを振り返る。
「おい、何やってる!失格になりたいのか!」
ライナーに小声で諌められ、ドリスは後ろ髪を引かれながらも振り返るのを止めた。
「ご、ごめん…」
「俺に謝られても困るが…何かあったのか?」
「う、うーん…なんでもない」
ライナーは僅かに眉を寄せたが、訓練中ということもあったのだろう、すぐに頷いた。
「なら、集中しろ」
「わかってる」
ライナーの注意もあってか、その後は特に教官にマークされる様子もなく、無事にその日の訓練を終えた。
その日の晩、ドリスは一刻も早い休息を求める身体を叱咤し、本日の訓練場所であった森の中に分け入っていた。
右手にはランタン、左手には小箱を提げている。
夜の闇は深い。
兵舎付近には申し訳程度に灯りがあったが、ここは森の中だ。
少しでも道を逸れれば、二度とここから出られない恐れもあった。
ランタンは闇の深い夜の森を照らすには、あまり頼りになるとは言えない。
息を飲んだ音がやけに大きく聞こえた。
足元を照らしながら注意深く進む。
確かこの辺りのはずだ。
ドリスは木に目印を結んで道を外れ、草をかき分ける。
「何やってるんだ」
体中の毛が逆立った。
恐怖とともに、弾かれるように背後を振り返る。
今、死んだ。
これが人ではなくて狼や熊の類だったら、確実に殺されていた。
そんな大型の動物が近づいてきたらさすがにわかる、と思うだろうか。
だが気付けなかったのだ。
こんな大柄な人間に背後に立たれても。
熊はともかくとして、その人物は狼よりははるかに大きい。
そしてごつい。
こんなことで、兵士として大丈夫だろうか。
声の主を確認しても、なかなか心臓は警戒を緩めない。
ランタンが放つ光に、精悍な顔が照らし出されていた。
「ライナー、いつから…」
「お前が兵舎で共有物品漁ってるところからだ」
はい、ほぼ最初からですね。
「こここ、これは共有物品なんだから、わ、わ、私にだって使用権があるわけで、それをどう使おうが私の勝手なわけで…」
「そこについてどうこう言うつもりはねえよ。だが、無許可で兵舎を抜け出すのはどうだ?」
「う…」
言葉を詰まらせ、反則に近い抵抗を試みる。
「それは…ライナーだって…」
「そうだ。だからとりあえずは黙っといてやる。それで、何でこんなところに来たんだ。昼間気にしてたことに関係あるのか」
ドリスはここまで来た目的を思い出した。
「そうだった。ええと、確かこのあたりだったと思ったんだけど…あ、いた!」
ドリスのランタンが照らした先には、小さな動物が丸まって蹲っていた。
ライナーがひょいと覗き込む。
「何だ?キツネか?」
「うん。怪我して動けないみたいなんだ。見つけちゃったもんだから、気になって」
ドリスはゆっくり距離を縮めていく。
左の脇腹辺りがただれて、血がこびりついていた。
他の動物にでも襲われたのだろうか。
「手当てするだけだから、大人しくしててねぇ…」
そばにしゃがみ込み、暴れる様子がないのを確認すると、そろりそろりと手を伸ばす。
途端に、キツネは歯をむき出しにして唸り声を上げ、首だけで飛び掛かってきた。
ドリスは慌てて手を引っ込めたが間に合わず、腕に食いつかれる。
声にならない悲鳴を上げた。
体中から冷や汗が吹き出してくる。
「お、おい!」
ライナーも慌ててキツネを引きはがしにかかる。
上あごと下あごを掴んで無理矢理にこじ開けた。
「あ、ありがとライナー」
キツネは苦しそうに呻き声を上げて身をよじる。
「こらっ、大人しくしろ!イテッ!」
「わーっ!大丈夫!?ライナー、口、口!口押さえてて!ランタン、ランタン!」
「お前の後ろだ!」
「包帯どこー!?」
「知らん!」
すったもんだしながらどうにか傷の手当てを終えたとき、二人はボロボロになっていた。
(20130915)
01.森の中のいのち
*←|→#
[bookmark]
←back
[ back to top ]