森の中の協奏曲 | ナノ

07.その答えは


旅立ちは近い。

そんな風に感じていたその日の夜、いつもの場所に行ってみると、そこにキツネはいなかった。

「あ…」

ランタンの明かりが映し出すのは、ポッカリと空いた草地だ。

ランタンがスポットライトの役割を果たしているからだろうか、その空間には妙な存在感があった。

そこに確かにあのキツネがいたのだという、無言の証明が残されているように思えた。

試しに周辺にランタンを移動させてみる。

しかし、木と草の影を浮かび上がらせるだけで、やはり姿は見つからなかった。

ドリスとライナーはそっと目を合わせる。

「行ったんだな」

「うん」

この日を迎えるために、毎晩睡眠時間と食料を削って尽くしてきたわけだが、いざその時が来ると、少し寂しかった。

せめて、元気に歩いている姿だけでも、一目見たかったのだが。

二人は無言でその場に佇んでいる。

ライナーも何かしら思うところがあるのだろう。

じっとキツネが居た場所に視線を向けている。

しばらく続いた沈黙を破ったのは、ライナーだった。

「答えは出たのか?」

「え?」

「お前が感じた『助けたい』って感情が何なのか、確かめたかったんだろ?」

そういえば、最初の頃にそんな話をした。

それを聞いて、ライナーはドリスの自己満足に付き合ってくれると言い出したのだ。

ドリスは思案する。

今までの経験の中にその答えを探した。

結局、何がしたかったのだろう。

自分の中の『助けたい』という感情に理由を付けたかったのだろうか。

他の動物を殺すことでしか生きられない現実の中で、小さな命を救いたいと思った偽善に、正当な理由が欲しかったのだろうか。

最初はそうだった。

けれどそれは結局、『助けたい』という感情を綺麗に飾り付けるだけで、『助けたい』という欲求の本質的回答にはならない気がした。

ただ、『助けたい』と思ったのだ。

理由などない。

条件反射のようなものだ。

偽善だろうが何だろうが、反射だったのだから仕方がない。

「…よくわかんないや」

「なんだそりゃ」

ドリスは苦笑する。

「きっとね、生き物を殺すのには理由がいるけど、助けるのには理由はいらないの」

ライナーは瞠目する。

その表情のままドリスを見つめた。

「『助けたい』って感情は、それ以外の何ものでもない。それ自体が答えなのかなって」

ドリスは大きく伸びをする。

「結局、答えが見つけられなかっただけなのかもしれないけどさ」

けれど、それでも、自分なりに一つの結論が出せてすっきりしていた。

「今、確かに言えることは、あの子が元気になってよかったってこと」

それから、とドリスは自分の手に目を落とす。

「私の手も、命を奪うだけじゃなくて、救うことがあるんだってこと」

ライナーも目を細め、自分の手に視線を遣った。

「…そうだな」

「ライナーは?」

「は?」

「ライナーも言ってたでしょ。『俺にも何か見えるかもしれない』って」

ライナーは一瞬視線を彷徨わせ、フッと笑んだ。

「オレも…似たようなもんだ」

「そっか」

二人は一瞬黙り込む。

それから小さく笑い合った。

ドリスははたと気付いて小箱を漁る。

「パン、いらなくなっちゃった。半分コしよ」

ライナーは俄に目を輝かせる。

「そいつはありがたい。今まで言わないようにしてたが、俺の腹はとうに限界を超えてるんだ」

ドリスはおかしくて吹き出してしまった。

申し訳ない気持ちはあったのだが、彼の無防備な本音を聞いた気がしたのだ。

「私も」



柔らかな風が辺りを吹き抜けた。

草木が涼やかな音を立てる。

二人はなんとなく空を仰いだ。

多い茂った木々の合間から月明かりらしきものが見え隠れする。

同じ光が今頃キツネを照らしてるかもしれない。

二人は目を合わせ、もう一度微笑んだ。

「帰るか」

「うん」

ランタンと小箱を手に取り、二人は兵舎へと歩き出した。



(20130919)


07.その答えは

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