森の中の協奏曲 | ナノ

09.裾を引く


椅子に座らされた二人を取り囲むように、どこからこんなに集まったのか同期たちが幾重にも囲む。

「ライナーごめん…こんな事になるなんて…」

「お前が謝ることじゃないだろ。どう考えてもこいつらが悪い」

「おーい、早速二人だけで内緒話かー?」

コニーは口笛でも吹き出す勢いである。

コニーこのやろ、後で覚えとけ。

「白状しちまえよ。楽になるし、早く解放されるぜ」

したり顔のジャンにドリスはため息をつく。

ドリスはこの時点で既に観念していた。

ジャンの言うとおり、こうなってしまったらとっとと事情を説明した方が後腐れはないし、ライナーに迷惑をかけることもない。

その場の嫌味をちょっと我慢すればいいのだ。

ドリスは口を開きかけたが、ライナーがそれに先んじた。

「言う必要性が感じられんな」

ドリスの意向を守ってくれるつもりのようだ。

「そりゃ、オレたちの知的好奇心を満たすためだろ」

「だから、それに付き合ってやる必要がないと言ってるんだ」

「それじゃオレたちの気持ちが納まんねえんだな」

ジャンは引く気配を見せない。

が、見かねたのか、マルコが止めに入った。

「まあまあ。ここまで言ってるんだし、あんまり詮索が過ぎるのもよくないよ」

「そうだよ。ちょっとやりすぎだよ」

同意したのはクリスタだ。

「おいおいお前ら、今更いい子ちゃんぶるなよ」

ジャンがマルコの首に手を回して締め上げる。

「そうだぜクリスタ。現にお前だってここにいるじゃないか」

「そ、それは、ユミルが無理矢理…」

「そうだっけか?」

コニーも諦めない。

「そうやって隠すから気になるんだろー!」

そうだそうだとサシャが相の手を入れる。

コニーは鼻を鳴らした。

「ははーん?さてはやっぱり、やましい事情があるんだな?オレたちにも言えないような、いやらしい事情が」

ドリスは肩を竦める。

「あるわけないだろ、そんなこと」

ライナーは呆れ顔だ。

「じゃあさ、じゃあさ」

ミーナが口を挟んだ。

「ライナーはドリスのこと、どう思ってるの?」

「はあ!?」

「あっ、それオレも気になる!」

「あたしも!」

悪乗りしたのはサムエルと、よりによってアンナである。

アンナ、と諌めたら聞こえないふりをされた。

ライナーは珍しく返事に窮している。

適当にあしらえばよいのだが、当のドリス自身がこの場にいるので気を遣っているのだろう。

「ライナー、相手にすることないって」

「あ、ああ…そうだな…」

ユミルがドリスの肩に手を置いた。

「ドリスは黙ってな。いや、なんならあんたが代わりに答えてくれてもいいぜ。ライナーのことどう思ってるんだ?」

「ユミル!いい加減にしろ!」

ユミルの言葉に反応して、ドリスはライナーをジッと眺める。

「お、おい、ドリス…?」

「そういえば私、まだちゃんとライナーにお礼言ってなかったなと思って」

焦りの表情を覗かせるライナーに向き直った。

「こんな場所でなんだけど、本当に感謝してるんだ。この数週間、私の自己満足に付き合ってくれて、助けてくれて、ありがとう。最初は一人でやり通すって思ってたけど、それでもやっぱり、いてくれて嬉しかったし、頼りにしてたんだ」

「お、おう…」

ライナーは口の中で呟いた。

周囲は唐突な展開を息を飲んで見守っている。

「なんか、こんなことになってめんどくさいなって思ってたけど、こういう機会でもないとここまできちんとお礼言えなかったと思うから、よかったのかな」

ドリスはくしゃりと笑った。

「私、ライナーのこと尊敬してるし、信頼してる。ライナーのこと、好きだよ。本当にありがとう」

思いがけず本心を打ち明けることができて、ドリスは満足していた。

ここまでストレートに謝辞を述べられる機会などそうないはずだ。

日常の中で彼に礼を言おうとしても、照れが邪魔をして表面だけの言葉になってしまう。

こういう特異な状況を膳立てしてもらったからこそ、ここまで素直になれたのだ。

これは同期たちにも感謝しなければならないかもしれない。

言いたいことを言えて、ドリスはすっきりした。

なのでもう食堂を出ることにする。

「じゃ、私もう戻るね。みんなもいい加減にしなよ。おやすみ」

ドリスは出入り口に歩き出すが、誰もそれを止める者はない。

みなポカンとつっ立ったままだった。

ドリスが出ていき、食堂の戸が閉まる。

途端に、中は槍でも降ったような騒ぎとなった。

そのどさくさに紛れてライナーは食堂を脱出する。

外に出たところで服の裾を引かれた。



(20130921)


09.裾を引く

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