AOT短編

本当はあなたになりたかった


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――あの人は人類の宝。あの人を決して死なせてはいけない。

こいつは折に触れてそう言っていた。

――どんなに実力がある人でも、あまりに呆気なく死んでしまう。それは変えようのない事実。今までだって、ずっとそうだった。けれど、だけどそれでも、あの人だけは、何がなんでも死なせてはいけないんだ。

毅然と空を見上げるこいつの横顔を俺は眺めていた。

――私は死ぬならあの人の盾になって死ぬ。

それでいい。

と、俺は思っていた。

兵長は死なない。

こいつの言うとおり、どんな猛者でも呆気なく命を落としてきた。

俺たちはそれを嫌というほど目の当たりにしてきた。

それでも思わされる。

この人なら大丈夫だと。

兵長の傍にいる限り、こいつは死なない。

兵長の傍が、壁外で最も安全だ。

何かあれば兵長が駆けつける。

あの時俺の命を救ってくれたように、こいつの命を救うだろう。

もしも兵長の手の届かないところにこいつがいたのなら、その時は俺が守ればいい。

――なんて偉そうなこと言ってるけど、壁外に出たら人の命のことなんて気にしてる余裕ないよね。

バカヤロウ。

身も蓋もないこと言うんじゃねーよ。

確かにこいつの言うとおりなわけだが。

俺たちが壁外で気を配らなければならないのは巨人のことだけだ。

それ以外に気を取られていると、簡単に命を落とす。

俺たちは身を持ってそれを知っている。

けどな、俺はこれも知ってるんだ。

そう言いながらもお前が、自分の戦況が落ち着く度に兵長の姿を探してるってことをな。

――私は別に私的な理由で兵長の盾になるんじゃない。彼がいなくなれば、人類の進撃はその勢いを急速に失ってしまう。彼を守ることは巨人に打ち勝つことに直接繋がるの。

小賢しい言葉を並べ立てたところで、わかってんだよ。

お前の目を見りゃあ、兵長を特別に見てるってことくらい。

俺の観察眼ナメてんのか。

――オルオだって同じでしょう。

兵長を特別視してるって意味じゃ同じだよ。

けどな、俺とお前は違う。

俺が兵長に向ける想いと、お前が兵長に向ける想いは、違う。

けど、結果それでこいつの命が守られるなら、それでも構わないと思っていた。



そう思っていたのに。



「おい!何してる!?早くそこを退け!!」

こいつはどうして俺の前にいる。

動けない俺の前に立ち塞がってるんだ。

「退け!リア!!」

巨人は目の前に迫っている。

周囲にアンカーを打ちこむ対象もないのに、どう戦えるというのだ。

こいつが出てきたところで、出来ることなど何もない。

リアは僅かに顔をこちらに向ける。

「動ける?」

「見りゃわかんだろ!」

すぐに視線を前に戻した。

そして平坦な口調で言う。

「じゃあ退かない」

俺は焦り、混乱する。

「わけわかんねーこと言ってんじゃねえよ!お前がそこにいても何にもなんねーだろーが!」

「兵長がきっとこっちに向かってる。それまで、盾くらいにはなれる」

「盾って――お前が盾になるのは兵長だろうが!」

「私とオルオを比べたら、オルオの方が兵団に必要なの。わかるでしょう」

わかんねーよ!

「俺は動けねえ!このままじゃ俺とお前、二人死ぬ!兵団の利を取るなら退け!!」

巨人の手が頭上に降ってくる。

それは俺ではなく、リアを狙って落ちてくる。

「兵長は、来る」

リアの声は確信に満ちている。

こいつは兵長を信じ切ってここにいる。

だが、その信頼の中に自分の命を救ってくれるという期待はない。

こいつは既に、自分の命を捨てていた。

俺は半狂乱で叫んだ。

「いいから!退け!!」

リアは再びこちらを振り返った。

俺はリアの表情を目にして、あまりのことに一瞬思考が飛んだ。

リアは幸せそうに笑っていた。

「ほら、来た」

俺は巨人の背後に兵長の姿を捉えた。

そして、巨人の手がリアの体を包み込むのを。

リアの体が持ち上げられていく。

リアはもう、俺を見ていなかった。

あいつの視線は兵長を追っていた。

俺はあいつの名を叫ぶ。

けれど、何度呼んでも届かない。

あいつの目には、もう兵長しか映っていなかった。

自身を死へ引きずり込んでいく巨人さえも、もう目に入っていない。

最後に一目、兵長を見られたことを心から喜んでいた。

なす術のない無力感に、俺はわなないた。

「ちくしょぉぉぉーーー!!」

兵長頼みます、間に合ってください。

早く――早く来てくれ!

あんたはいつだって不可能だと思われていたことをやってのけてきた。

あんたしかいないんだ。

頼む、お願いだ。

お願いだから――リアを助けてください。





(20140629)

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