愛して欲しいと願ってしまう
(3/4)
帰還してからは、調査の後処理に追われた。
何しろ(一部では想定されていたとはいえ)イレギュラーな事態が多過ぎた。
想定外の数の巨人との遭遇、女型の巨人の襲来、進路の変更、目的の変更。
事前に提出していた調査計画書とはその内容があまりにかけ離れてしまっている上に、金銭的打撃も大きかった。
上層部は各所への説明に奔走している。
リアもそれなりに忙しくしていた。
分隊長クラスの手が回らなくなった事務処理が降りてきているのだ。
リアはそれらを率先して引き受けた。
いや、それは他の者も同様だったが。
今、兵団は危機的状況に立たされていた。
今回の調査での損害は大きく、兵団の存続自体が危ぶまれている。
団員が一丸となってこれを凌ぐ必要があった。
それに、みな、忙しさを求めていた。
休息の時間があればそれだけ思い出すからだ。
失ってしまったもののことを。
リヴァイ班はリヴァイ兵長とエレン・イェーガーを残し全滅だった。
女型の巨人はエレンを狙っていたものと思われ、女型からエレンを守るために班員は奮闘した。
遺体には、闘いの痕跡が色濃く残っていた。
痛々しくて、直視するのが辛かった。
いざという時は飛び抜けて冷静に行動できるやつだ、きっと最期まで兵士として闘ったはず。
自分が悲しんではいけないと、リアは必死に言い聞かせた。
それでも時折、叫び出したくなる。
こんなはずではなかったと、自分が予感していたのはこんな結果ではなかったと、悲鳴を上げたくなる。
それをなんとか押し留めることができたのは、残された者たちが皆同じ気持ちだとわかっていたからだ。
ある日、青年兵が一人、リアを訪ねてきた。
その兵士は、見覚えのある紙袋を差し出した。
オルオがペトラにバレッタを買った店の紙袋だった。
「あなたに直接お渡しした方がいいと思いまして」
兵士は、オルオの遺品整理をしていたのだという。
リアは懐かしくて苦しくて、しばらくその紙袋をただ見つめていた。
「そうだね。私が引き取るのが一番いいのかも。…ペトラも、もういないしね」
兵士は首を振った。
「違います。それはあなたのです」
リアは首を傾げる。
兵士は、機会があって少し事情を知っていると切なげに笑った。
兵士は紙袋をリアに握らせた。
リアは彼を窺うように見つめる。
彼が頷いたので、袋の中に目を落とした。
中には小箱と手紙が入っていた。
手紙を手に取り、表裏を確かめる。
宛名は無い。
が、兵士が促すので封を開けた。
リア
あの時は悪かった。
これはお前に買ったんだ。
いらなきゃ捨てろ。
今度会った時、もっと気に入るやつを買ってやる。
リアは目を見開いた。
震え出す心を抑え、小箱を開ける。
そこに収まっていたのはブローチだった。
「バレッタじゃ…ない」
小箱に大事そうに収まったブローチは、シルバーの曲線で滑らかに花びらの形を描き、その中央に翡翠色の石を添えている。
あの日、リアが綺麗だと思ってしばらく見惚れていたブローチだった。
――これがいいのか?
オルオの声が蘇る。
リアは口元に手をやった。
体中の血液が逆流してくる。
――私のために買いに行ったんだ。最初から、私に渡すつもりで――
怒りに任せて押し返した彼の腕が、驚いた彼の顔が目の前に蘇る。
狼狽と傷心の表情が滲んでいた。
何故、あの時受け取らなかった。
何故、つまらない感情に流されてしまったんだ。
しょうがないやつ、せめてそう思って受け取っていれば、結果は違っていたのに。
考えてみれば、オルオはそういうやつじゃないか。
自分の気持ちを素直に表現できない――知っていたはずだ。
でも、そんなのわからない。
あんなふうに言われたら、自分のことなんて全然見てないんだって、そう思ってしまうに決まっている。
傷つけてしまった――
彼の気持ちを酌んでやれなかった。
わかってやれなかった。
「ペトラさんにさんざん怒られていました。何でそんな馬鹿な嘘をつくのかって。どう考えてもオルオさんが悪い、早く謝れって」
偲ぶように目を細める兵士につられ、リアは顔を歪めた。
「ホント…馬鹿なやつ」
オルオは自分が悪いと思ったまま、リアが怒っていると思ったまま、逝ってしまった。
傷ついたまま――ケンカしたまま、仲直りもできずに――
謝るつもりだった。
自分が悪かったと、オルオは悪くないと、そう、伝えようと思っていた。
「今度って…いつよ…?」
彼は帰ってくるつもりだった。
調査を無事に終えて、ちゃんと帰ってくるつもりだったのだ。
もう一度、自分と会うつもりでいてくれた。
リアは手元にある彼への贈り物と手紙を引き寄せる。
行き先を失ってしまった長方形の箱は、ひどく頼りなげで、まるで泣いているように見えた。
帰ってくるつもりのなかった自分の方が、今ここにいる。
何て皮肉なんだ。
兵士は、気遣わしげな眼差しを向ける。
「うまくいかないね」
リアは泣き笑いの表情を浮かべた。
「ホント、この世界はうまくいかないことばっかり」
兵士は憂いの色を覗かせて頷いた。
「そうですね」
馬鹿なやつだから、どうせ自分の想いには気付かない。
ペトラのように他の女性を好きになって、それを今回みたいに無遠慮に相談してきたりするのだろう。
損な役回りだ。
けれど、それで構わない、そう思っていた。
――嘘だ。
本当は望んでいた。
本当は願っていた。
その先を――
二人で肩を並べる未来を――
リアはブローチを取り出し、兵服の上着にそっと留める。
そして、口の中で呟いた。
「オルオ、ありがと。大事にするね」
リアは顔を上げた。
静かにその場に留まっている兵士に視線を合わせる。
「似合いますか?」
兵士はふっくらと笑った。
「とても」
「ありがとう」
このブローチが手元に届いただけでも幸運だった。
多くを望めないこの世界で、彼の真意を知ることができた。
それだけでも感謝しなければならないだろう。
感謝して、前に進まなければならない。
わかっている。
――わかっている。
それでも、どうしても振り返りたくなってしまう。
願ってしまう。
もう一度、あの時まで戻れたら、と。
リアは首を振った。
ないものねだりをしても仕方がない。
オルオならきっと、前に進む。
あいつはいざという時の判断を誤らないやつだったから。
リアは笑みを浮かべる。
「忙しいでしょうに、届けてくれてありがとうございました」
「いえ。私も胸のしこりが取れたような気がします。お伝えできてよかった」
ふと、オルオの顔が浮かんだ。
歯に物が詰まったような、何か言いたそうな顔。
「オルオは――似合うと言ってくれたでしょうか」
兵士は目尻を緩め、にっこり笑う。
「ええ、きっと」
リアも微笑んだ。
ブローチが、応えるように光を放った。
(20140126)
―企画サイト 私の英雄 様提出作品―
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