AOT短編 | ナノ

愛して欲しいと願ってしまう


(2/4)


あの日からずいぶん時間が経ったが、オルオとは顔を合わせていない。



その間に、57回目の壁外調査が近づいていた。

リアは右翼前方の索敵班に配置されていた。

陣営中、最も巨人との遭遇率が高いポジションだ。

それは同時に、最も死亡率の高いポジションであるとも言えた。



リヴァイ班は今、旧兵団本部で独自に訓練中だという。

もしかしたら、このまま会うこともないまま、壁外で命を落とすかもしれない。

そんな不安が胸を掠めた。



そんな折、定期連絡に来ていたペトラとばったり遭遇した。

「リア!久しぶりだね!」

「ペトラ!元気にしてる?」

「なんとかね。ねぇ、リアが原因でしょ?何とかしてくれない?オルオが鬱陶しくてしょうがないんだけど」

間髪入れないペトラのダメ出しに、リアは苦笑いを浮かべた。

どうやらというか、やはりというか、オルオは落ち込んでいるらしい。

とはいえ、どんな形であれ、現況が聞けてリアはホッとしていた。

しかし、リアも原因の一端を担っていることは否定しないが、大元はペトラだと言いたい。

「放っておくしかないよ。構うと余計うるさいから」

全くだという顔でペトラは頷いた。

が、その顔を少し緩める。

「でも、『オレの何が悪かったんだ』って言ってたから、一応反省しようとはしてたみたいだよ。よーく言っといたから、適当なところで許してあげて」

リアは目を瞬かせた。

ペトラは意味ありげなウィンクを残して走っていってしまう。

ペトラの後ろ姿を眺めながら、リアは言葉の意味を考えていた。

「俺の何が悪かったんだ」

ペトラにプレゼントを渡す時の口説き文句のことを言っているのではないのか。

それとも、もしかして、あの時の自分の反応を気にしているのだろうか。

オルオが湿っぽい顔をして舌打ちをしている姿が浮かぶ。

胸がざわついた。

考えてみれば、あれはただの八つ当たりだった。

確かに、オルオもちょっとデリカシーがなかったけれど、それでも、リアが一方的に言葉を吐き捨ててその場から立ち去ってしまったのは、一重に自身が抱える感情ゆえだった。

オルオに原因はあっても、罪はない。

謝ろう、かな。

そうだ、謝ろう。

壁外調査が終わったら会いに行こう。

ごめんって言って、何かプレゼントでもあげよう。

兵長かぶれのオルオには、スカーフなんていいかもしれない。

そう決めたら、なんだか安心した。

今度の壁外調査はエレン・イェーガーをシガンシナ区に送るための試運転が主だ。

ならば、そんなに無茶はすまい。

大きな被害は出ないのではないだろうか。

そう、きっとそうだろう。





そんな安堵が底のない不安に変わったのは、調査前日の夜のことだった。

何故だかはわからない。

根拠もまったくないのだが、嫌な予感が身体にまとわりついて離れなかった。

生きて帰れる気がしないのだ。

地面に投げ捨てられている自分の死体が眼前に映る。

金臭い臭気さえ感じるような気がした。

おかしいな。

どうしてだろう。

刺すような胸の動悸が焦燥感を駆り立てる。

出発の前日だというのに、こんな精神状態では本当に予感のとおりになってしまう。

落ち着かなければならない。

どうにかして心を鎮めなければ。



リアは紅茶を入れることにした。

温かいものを飲んでリラックスすれば、じきに収まるだろう。



やかんに湯気が立ち昇るのを見ていると、少しずつ脈が緩やかになってくる。

ティーポットの中の茶葉に湯を通すと、いい匂いが漂ってきた。

蓋をしてしばらく蒸らし、カップに注ぎ込む。

琥珀色の液体が、カップを包むように波打った。

オルオの瞳の色と似ているな、と彼のことを思い出す。

自然と笑みが漏れた。



時間をかけて紅茶を飲み終え、カップを静かに置いた。

そっと目を瞑る。

部屋に漂う残り香と静寂に、しばし身を浸した。



一つ息をついて、ゆっくりと立ち上がり、戸棚から白い便箋を取り出す。

差し色や柄は入っていない、行を示すラインがあるだけのシンプルな便箋だ。

そして、包装紙に包まれた細長い箱。

ブルーのリボンを掛けてもらった。

オルオにと買ったライトブルーのスカーフが入っている。

ペン立てからペンを引き抜き、再びテーブルに戻ってくる。

丁寧に便箋を広げ、ペンを握る。

深く息を吐いた。



万が一の時のために、手紙を書いておくことにした。

心が凪いでも、予感だけは消えなかったからだ。

それは、幾重にも包まれた殻を丁寧に剥いで、最後に残った真実のようだった。

それは胸の中に小さく、しかし沁々と点っていた。

リアの中でその予感は、粛然と真実味を増していた。





オルオへ


手紙を書いておくことにしました。

私はおそらく今回の壁外調査から帰って来られない。

そんな予感がするから。

ケンカ別れのようになってしまったことが、ずっと気になっていました。

と言っても、私が勝手に怒って勝手に帰っちゃっただけなんだけど。

ごめんなさい。

あれは八つ当たりでした。

オルオは、そりゃちょっとは悪かったけど…でもあれは私の問題だった。



ただ、私は悔しかったのです。

オルオがペトラのプレゼントを選ぶのに私を誘ったことも、ペトラに受け取ってもらえなかったプレゼントを私に渡そうとしたことも。

あのバレッタは、ペトラには似合っても私には似合わない。

そんなこともわからないのかって、悲しかった(『悲しかった』を塗り潰す)腹が立った。

他の女性のことを想って買ったものなんていらなかった。

この意味、わかるでしょ?



オルオはバカだからわからないかもしれません。

だから、不本意だけど、はっきり言います。

私はあなたが好きでした。

お調子者で、傲慢ちきで、自己主張が強くて、それが空回りして迷惑そうにされてたり、似ても似つかないのに無理やり兵長の真似して結果誰にも相手にされてなかったり、ホントしょうもないやつって思ってたけど、それでも、私にとってはヒーローだったし(『私にとっては』以下を塗り潰す)あなたが好きだった。



あの時、あなたが救ってくれた命を私は人類のために使うことができたかな。

ほんのわずかでもいい、この先の未来の糧になれていたら嬉しい。

でもなにより、あなたの命が一日でも長く続くように祈っています。



このスカーフはお守りです。

私もリヴァイ兵長にあやかってみました。

きっとあなたを守ってくれます。

オルオ、死なないでね。

生きてさえいれば、いつかペトラも振り向いてくれるかもしれないよ。

がんばって。

きっと誰も応援してくれないだろうから、しょうがない、私が応援してあげます。



一方的に書きたいことを書いてしまってごめんなさい。

でもすっきりしました。

明日に備えて、もう寝ます。

明日は人類の反撃の第一歩になる大切な日です。

兵士としての使命を全うするつもり。

勘違いしないでほしいのは、私は死ぬ気なんてさらさらないということです。

必死に抗うつもりでいます。

だから、私ががんばったということはわかってほしいの。

それでも、この手紙を読んであなたが少しでも悲しんでくれたら、なんて思うんだから勝手だね。(この一文を塗り潰す)



オルオ、元気でね。

こんな世界で兵士をやってると、すごく難しいことかもしれないけど、できれば幸せになって(『できれば』以下を塗り潰す)自分の思うとおりに生きて。

大丈夫、実力だけならあなたは結構イケてます。

保障する。



そろそろ終わりにします。

明日は晴れるといいね。

天が人類に味方しますように。

じゃあね、オルオ。


リア・ブリューゲル



リアは改めて便箋を取り出し、綺麗に清書した。

それを封筒にしまって閉じ、リボンと箱の間に挟む。

箱を手に取って、胸に抱え込んだ。

そうして、少しだけ、彼を想って泣いた。



第57回壁外調査が始まる――





あんなにも死の気配が胸を掻き乱したにもかかわらず、リアは辛くも生き残った。

だが、バカバカしいと苦笑する元気は残っていない。

兵団の被害は甚大だった。

今回の調査の水面下において極秘作戦が遂行されていたと聞いたが、撤退が最優先の現段階では、途切れ途切れの情報が錯綜するばかりで、正確なところはわからなかった。

混乱と疲労が身体に圧し掛かる。



途中、現状の把握と隊列の再編成のため、兵団は休息を取ることとなった。

行き交う兵士たちの中に、リアはリヴァイの姿を見つける。

ホッと胸を撫で下ろして、彼の元へ駆け寄った。

「リヴァイ兵長、お忙しいところ申し訳ありません。リヴァイ班の皆さんは…オルオがどこにいるかご存知ですか?」

リヴァイは鋭い三白眼をスッと細めた。

一瞬の間の後、彼は視線でその方向を示す。

「そこだ」

リアは表情を明るくして視線の先を追った。

そして、そのまま凍りつく。

周囲には疲れ切った表情の兵士たちが、それでも忙しそうに動き回っていた。

が、その空間だけは嫌に静かだった。

音もなければ、動くものもない。

風すらも、そこだけは避けて通っているようだった。



その空間の時は止まっていた。

兵団は、取り残されてしまった時を丁寧に切り取り、ここまで運んできたのだった。



そこには、この戦いで果てた兵士たちの亡骸が横たえられていた。

何列にも並んだ、物言わぬ兵たち。

命の気配は、感じられなかった。



それだけ確認して、リアの頭は真っ白になった。




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