空蝉の涙
(1/3)
そこは、不用品を収納しておく倉庫で、不用品の回収も3か月に1度程度であったから、人の出入りはほとんどなかった。
そのせいもあってか、電球は切れかかっており、ジ、ジという無機質な音と共に室内は点滅した。
点滅に合わせて、三つの影が現れては消える。
ひとつは私のもの。
あとの二つは、ライナーとベルトルトのものだ。
「…何故、俺たちをここへ呼んだんだ」
私は黙ってライナーを見つめる。
問いには答えない。
冗談だと言って、彼らが笑う可能性をまだ捨て切れなかったからだ。
だが、儚い期待だったようだ。
「彼女は覚悟してる。そういうことだよ、ライナー」
ベルトルトの声色からは、感情が全て削ぎ落とされている。
彼は今、感情に繋がる経路を切断しているのだろう。
そういう術を身につけているのだ。
が、ライナーはそれができないようだった。
彼は顔を歪める。
「何故だ。教官に報告することもできたはずだ。何故、そうしなかった?」
私は目を細めた。
泣きたいのか笑いたいのか、わからなかった。
「だって…」
それ以上言葉は続かない。
訓練兵として過ごしてきた日々が、紙切れを一斉にばら撒いたみたいに目の前に浮かんできた。
あーあ。
今から走馬燈が見えてるや。
こりゃ望み薄だな。
「これからどうなるか、わかってるんだろう?」
ベルトルトが問う。
ライナーの顔がさらに歪んだ。
私は頬を引きつらせる。
「できるだけ刺激の少ない方法で教えてもらえると助かるんだけど」
ベルトルトは一度ゆっくりと目を閉じた。
「なるべく、苦しまないようにするよ」
声はどこまでも静かだ。
私の代わりに、ライナーが呻いた。
「ベルトルト、止せ。リア、お前はこのまま兵団を抜けろ。二度とここへは戻ってくるな。いいな」
「同じことだよ」
ベルトルトの制止に、ライナーは肩を震わせた。
「ライナー、僕らの目的を忘れたわけじゃないだろう。遅いか早いか…直接手を下すか、否か、それだけの違いだ。わかってるはずだよ」
ライナーは、声を詰まらせる。
額に手を当て、深く俯いてしまった。
「ライナー、辛いなら外に出てて。僕が、やるから」
ライナーはおもむろに顔を上げた。
険しい表情が浮かび、瞳は鈍く揺れている。
強く噛み締められた歯が不快な音を立てた。
「いや。こうなったのも俺の責任だ。俺が――やる」
話は決まったようだ。
もちろん、私の意志など全くお構いなしに。
それはそうだ。
私に決定権を与えられるようなら、そもそもこんな話し合いは必要ないのだ。
でも、こうなってしまった以上、私だって、何もしないまま大人しく彼らに従うわけにはいかない。
「私も」
彼らの視線が素早く私に向いた。
急に口を開いたことに驚いたようだ。
「丸腰でここに来たわけじゃないんだよ」
懐から取り出した短刀に、彼らはわずかに警戒を見せる。
しかし、切迫感は全くない。
自分たちの優位は疑うまでもないからだろう。
「どうするの?そんな短刀で。僕ら二人相手に。非力なきみが」
ベルトルトの口調に圧が掛かる。
そうでしょうよ。
あなたたちみたいなデカブツと筋肉フェチに、私みたいなか弱い女の子が敵うわけないじゃない。
だけど、このまま何の抵抗もなしにやられたんじゃ、おそらくただの事故にしかならない。
不用品整理中に起きた、不運な事故。
当然、彼らはそのつもりだ。
それでは、残された仲間たちに危険分子の存在を示せない。
せめて、そのくらいの抵抗をして、彼らに一矢報いたい。
私たちを欺き続けていた、いや、これからも欺き続けるであろう彼らの存在を残された仲間たちに伝えるのだ。
私は積み上げられた机や棚やその他の不用品を片っ端から短刀で切り付けた。
争いの痕を残そうとしているのだ。
二人は私の突飛な行動に面食らっていたが、ベルトルトの方が先に意図に気付いた。
私を取り押さえようと伸ばされた手を体を捻らせて交わし、払いのける。
そして、自分の腕に短刀の刃を滑らせた。
痛みで顔が歪む。
「お、おい…」
ライナーが狼狽の声を上げた。
私は滴り落ちる血を振り撒く。
ライナーの顔色が変わった。
彼も気付いたようだ。
「せめて、ただの事故にはさせない」
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