友よ…
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訓練兵団は解散したが、所属兵団が決定するまでは訓練兵団宿舎に寝泊まりする。
足が重かった。
心身ともに疲労はピークをとうに超えており、倦怠感は睡眠を渇望している。
だが、白い布団の中に、宿舎に、帰りたくなかった。
頭に浮かぶのだ。
一歩進む度に、鮮明に見える。
過去の思い出と、この先の光景が。
送別会で高揚し、笑い声が絶えなかった前夜。
希望に満ちた朝。
悪夢の…恐怖の再来。
飛び散る鮮血。
夜空に舞う、幾多の命の火の粉。
静まり返った宿舎。
人が欠け、まばらになり、生気を失った寝所。
隣人のいなくなった空間。
足が、止まった。
どうしても、これ以上前に進まない。
宿舎の、入口であった。
風が砂塵を巻き上げる。
塵の舞う先を目で追うと、瓦斯灯を取り巻く虫の群れが目に入った。
光に挑むように飛び交う虫たちは、その光には届くことなく、一羽、また一羽と落ちていく。
今の自分たちの姿と重なって、胸が鈍く痛んだ。
届かない。
私たちの目指す場所は、ひどく遠い。
視線を逸らすと、同じように、男子宿舎の前で立ち尽くす姿があった。
入口の前に仁王立ちした彼は、拳を握り、そして力なく開き、高ぶる感情を集約するようにまた握り、そうしながら、ずいぶん長い間その場から動かなかった。
やがてこちらの視線に気付いたのか、彼はおもむろに振り返った。
視線が交錯する。
元から険しい彼の目つきは、やつれて更に彫りが深くなり、凄味を増している。
しかし、その瞳には力はなかった。
「リアか。…入らないのか」
「…ジャンこそ」
二人は、どちらからともなく外に据え付けられたベンチに腰を下ろした。
それからしばらく、何を話すでもなくじっとしている。
木々の葉が揺れる音だけが、鼓膜を揺らしていった。
労わってくれているようだと、そう思った。
リアは、火葬場での彼の決意を思い返していた。
――オレは…調査兵団になる…!
声を絞り出し、蹲って、彼は泣いた。
この決意をさせたのは、マルコ…あなた。
よく切れる剣のようだったジャンの、あなたは鞘だった。
あなたはジャンの性格をよく理解して、受け入れ、そして包んだ。
あの角ばったジャンが、あなたといる時はまるで母親にじゃれる子どもみたいな顔をしていた。
私はそんなあなたたちを見ているのが好きだったんだ。
ねえマルコ。
ジャンは、変わったよ。
あなたの遺した言葉を受け取る覚悟を決めたんだよ。
私も――
――リア、ジャンはああいう性格だから、自分を守ることがとても下手なんだ。助けてあげてくれないかな。
決めたよ。
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