爆ぜる炎舞う時
(2/5)
「リア?」
肩が跳ねた。
思わず声の方向を振り返る。
心配そうな視線をこちらに向けているのはベルトルトだった。
「ベルトル、ト…」
自分から一人になれる場所に来たくせに、人が来たことに安心したのか、一気に涙が流れ落ちていく。
「さっきこっちの方に歩いていくのが見えて、なかなか戻ってこないから…大丈夫?」
「だ、大丈夫。ごめん、今は、来ないで」
ベルトルトはおろおろと後ずさった。
「ご、ごめん…」
ベルトルトは身を翻す。
縦長の大きな背中がギクシャクと動いた。
瞬間、何故だか、彼がこの世界で最後の生き残りのように思えた。
ここで別れてしまったら、もうこれきり誰とも会えない。
そんな恐怖に襲われた。
少しずつ遠ざかっていく背中に、衝動的に声を上げる。
「待って!やっぱり、行かないで」
ベルトルトは足を止め、振り返る。
ゆっくりと戻ってくると、しばらく躊躇った後、リアの横に腰を下ろした。
ベルトルトの座っている側がほんのり暖かくなった。
空気を通して体温が伝わってくる。
生きている。
彼は、生きている。
私も、生き残った。
生きている。
心から生を実感する。
込み上げてくるものがあった。
嗚咽が激しくなる。
リアは、泣き声の合間から言葉を漏らした。
「命が、とても重いことも、命が、あまりに軽いことも、今日、改めて思い知ったの。今朝まで、みんな、居たのに。三年間、ずっと、一緒だったのに。もう、居ないんだ。トーマスも、ミーナも、マルコも」
むせて咳込んだ。
小さな子どものように。
「マルコ…もう一日遅かったら、死ななくて済んだのかな。憲兵団になるんだって、あんなに、キラキラした目で、言ってたのに」
ベルトルトは顔を歪めた。
「リア…」
「ご、ごめん。こんなこと、言うべきじゃないって、わかってる、のに」
ベルトルトは首を振る。
「恐いの」
リアは腕をさする。
奥歯がカチカチと鳴った。
「次は自分だって、そう思うと恐くてたまらない。心の中の、マルコたちがいたところに、ぽっかり穴が開いて、そこに、恐怖が詰まってくみたい。みんなだって同じで、みんなだって耐えてるのに…」
いつまでも止まらない涙を両手でぬぐう。
「みんなはすごい。歯、食いしばって、ちゃんと現実を見てる。私もあそこに行きたいのに、どうしても無理なの。恐い。身体が震えて、涙も、止まらない。どうしたらいいのか、わからないの。どうやったら、あんな風に毅然としてられるんだろ。みんなは…強い。ベルトルトも」
「泣く気力が、ないのかもしれない」
リアはベルトルトを見上げる。
同期の中で頭一つ飛び抜けた彼は、座っていてもやはり大きい。
「他のみんなのことはわからないけど、辛いことがたくさんあって、僕の涙はもう枯れてしまった。泣くだけの力も、怯えるだけの感情も、もう残ってないんだ」
日が落ちているせいか、ベルトルトの顔は青白い。
このまま闇に溶けてしまいそうだった。
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