溢れ届く 『新生活…きっつい』 「ふーん」 『矢田くん、もうちょい、こう…労おうとかないの?』 居酒屋の隅の席。むすっとした顔をする**を目の前に、言葉と飯を流し込む。 学生時代を共にした**は新しい環境を求めて、少し遠い場所に身をおいた。 『はあ〜…どれみちゃんたちにも会いたかったな』 「…俺とは会いたくなかったみたいな言い方だな」 『いや、そうじゃなくてさぁ…んー』 目を泳がせる**。 久しぶりに帰ってきた**と会える機会。何で俺だけがここにいるのか。それはMAHO堂メンバーの春風たちが、…めんどくさいことに気をきかせたからだ。 俺が、**を好きだから。 それを知っている春風たちは、それぞれ用事があって集まれないから俺だけが来ると**に告げたらしい。妹尾には気合い入れて告れ!と喝を入れられた。 「ったく、にぶいんだよ…」 『何か言った?』 「べっつにー」 **は話続ける。新しい家、新しい環境。どこのカフェのご飯が美味しいとか、あそこのお店は値段が高いとか。俺の知らない場所、俺の知らない**。 『でね、そこの店員さんがちょーイケメンで!』 あー…そんな話が聞きたくて会いに来たわけじゃない。 「なあ**」 『はい?』 笑顔で首をかしげるその姿は、好きという気持ちをまた大きくさせる。めんどくさいこの気持ち。 「………」 『矢田くん?』 食事が終わったら、またしばらく**に会えない。この好きという気持ちを一方通行のままかかえるのは、しんどい。伝わらなくても、繋がらなくても、吐き出したい。 『も、もしかして飲みすぎて気持ち悪くなっちゃった?!!』 俺が眉間に皺を寄せてうつむいていたもんだから、**は焦って会計を終わらせ、俺を外に連れ出した。 『風にあたれば少しは違うよね…吐いたりは、大丈夫?』 「…ん、まあ」 『良かった…』 「はぁ〜」 しゃがみこんで頭をかかえる。 どうして俺だけ、こんなにも**を好きなのか。 『え、大丈夫?!!』 同じ目線になるようにしゃがみこんで俺の顔をのぞき込む**。その手を握ったのはいつが最後か。その手をまた握りたいと思ったのはいつからか。 『矢田くん…?』 自然と伸ばした手は**の頬に触れ、その温かさに愛しさが増して、溢れた。 「好きなんだけど」 『え?』 「俺さ…**が好きなの」 『どういう、意味で…』 「そのままの意味。**が好きだっていうこと」 意味を理解したのか、飲み屋の薄明りに照らされたこの場所でも分かるくらい、**の顔と耳は赤くなっている。まあ、俺も同じようになってるだろうけど。 『あ、あのね』 頬に触れていた俺の手に、**の手が重なる。 『私もね、矢田くんが好きなの』 照れた笑顔で言うものだから、たまらなく愛しさが増した。その言葉は身体中に染みわたり、嬉しさで浮かれてしまいそうだった。 『両想いだったんだ…嬉しい』 「…こんなことなら、もっと早く言えばよかった」 『そうだよね…どれみちゃんたちに感謝しなきゃ』 「春風たち?」 『うん。実はね…今日2人だったのはどれみちゃんたちが気を効かせてくれたからなの』 「えっ、」 『私が矢田くんを好きなのみんな知ってたのね。それで、私が遠くに環境を移す決意は出来たのに、矢田くんに告白する勇気はないのか!ってあいちゃんに怒られたりして―』 「妹尾には、俺も色々言われた」 『え、矢田くんも?』 「ついでに言うと、こっちも**と2人になったのは、春風たちの…おかげ」 そうか、お互い協力者がいたのか。昔からの、大切な友人たちが―。 「隊長!発見したであります!!!」 『は、ハナちゃん?!!』 「よくヤッタ、ハナ隊員!!!」 突然現れた見覚えのある顔たち。まさかこいつら、こうなるの分かってたのか? いや、そうだよな。確信犯だよな。 「矢田くん、あたしらに感謝せなあかんで〜」 「良かったわね、**ちゃん、矢田くん」 『うう…あいちゃん、はづきちゃん、ありがとう〜』 嬉しそうに妹尾たちに抱き着きにいく**。正直、滅多に会えない**が、大切な友だちであるこいつらに会えないのは残念だと思った。俺なんかより、きっと、ずっと、もっと、会いたいと思ったから。 「矢田くん、**ちゃんを泣かせたら…分かってるわよね?」 「瀬川、笑顔怖いんだけど」 「作戦大成功!ってことで、今度ステーキおごってね〜」 「はあ?めんどくせー小竹におごらせろよ」 「何で小竹が出てくんのよ?!!」 めんどくさいとは言いつつ、いくらでもおごってやるという気持ちだ。 「兄サン、二次会ではたっぷり、**ちゃんの好きなとこ聞かせてもらいマッセ」 ニヤニヤして近づいてきた飛鳥を避けつつ、**の隣に行ってその手を握りしめた。 「改めて…俺たち付き合います。お前たちの、おかげで」 ふぅ〜!と賑やかしの声が全然嫌にならず、逆にこの状況に嬉しさが増す。**の顔を見れば、ふと視線が合って、それはもう、そう、一瞬。 溢れ届く 「キャー!いきなりしちゃうの?!」 「矢田くん大胆だわ…!」 「チューせぇとは言っとらんで!」 「**ちゃん真っ赤だわ、かわいい」 「うんうん、kissは愛情表現だもんネ」 「ハナちゃんマジョリカに報告しなきゃ!」 ∞2020/04/27 TOPへ戻る |