*ダイゴ視点(♪千以上の言葉を並べても…/GARNET CROW)


**に渡されたハサミは鋭く、握るととても冷たかった。


「本当に良いの…?」


『うん。思い切りやって』


躊躇いながらも、**の髪の毛を一束にして、ザクリと切った。


「…勿体無い」


『そうだね』


握りしめた髪の毛を見て、そう呟いた僕に対して、**は笑顔でそう答えた。


『これが、私とダイゴさんの…思い出の証』


「思い出…だね」


切った**の髪の毛をビニール袋に無造作に入れ込んだ。**の顔を見ると、頬に髪の毛がついていたので、それを払うと、愛しさが込み上げてきた。

こんなにも穏やかな終わりがあるなんて、不思議だ。
僕たちは恋人だった。この髪を切るまでは。

僕の人生は順風満帆だった。家族やポケモンに恵まれた生活に不満なんて無かった。でも、何か足りないものがあった。「誰か」を待っていた。それが分からずに過ごしていた時間に、**が表れた。「僕は君を待っていた」なんて、知り合って間もない頃に言って、おかしな人だと思われただろう。でも、僕にとって**は、僕の人生をキラキラ輝かせる唯一の存在だと確信したんだ。

出会った頃の**は髪の毛が短かったが、一緒の時間を表すように、髪の毛は綺麗に伸びていった。

その髪の毛を切るということは、僕たちの終わりを意味していた。


『ダイゴさん…今までありがとう』


「…うん」


別にお互い嫌いになったわけじゃない。変わらずお互いを愛し合っている。

でも、僕たちは同じ土の上では生きてゆけない二つの種なのだ。


『そろそろバスが来る』


そう言いながら**は短くなった髪の毛を触った。はらはらと落ちていく髪の毛を見つめる。ベンチから立ち上がった**は、まっすぐに僕の瞳を見つめた。


「**」


名前を呼んで、抱きしめ合う。心が温まる。僕はこの子が大好きだ。


『ダイゴさん、今までありがとう』


「うん…**、僕と出会ってくれて、ありがとう」


上手く言葉が出てこないまま、**の体温は離れていった。酷く体が冷える感覚がした。
**は再び僕の瞳をまっすぐ見つめて、ゆっくりと瞬きをした。その瞬きは一瞬ではなく、うんと長い時間に感じた。


そして、**は荷物を詰めた大きなカバンを持って、バス停へと歩き出した。


「**…」


思わず、未練たらしい声で**の名前を呼んでしまった。でも、**は振り返ることなく、バス停へと歩いて行った。その愛しい背中を見送るのが今日で最後なんだ。


「**、いってらっしゃい」


僕は笑い、振り返ることのない**に手を振った。

明日からは、昔と変わらない…君を待っていた時間がくる。





僕だけの穏やかすぎるトキを刻む。慣れるまで、ほんの少し**を思い出すよ。

僕が貸していたDVDは見てくれたかな。いつまで経ってもその話をしなかったから、**はまだ見てないんだろうね。あれは君にあげるよ。

あのDVDはね、ありきたりな恋愛映画なんだ。僕はあまり見ないタイプの映画だったけど、ミクリがぜひ見てくれとプレゼントしてくれたから、暇つぶし程度に見てみた。だけど、引き込まれる映画だった。紆余曲折を乗り越えて結ばれた恋人たちが、夜空の下で寄り添って話す台詞があるんだ。

「千以上の言葉を並べても言い尽くせない事もある。たった一言から始まるような事もあるのにね」と言う男性。それに対して、「千以上の言葉を並べても言い尽くせない事もあるよ。たった一言で終わってしまう事もあるのにね」という女性。

その台詞の解釈は人それぞれであろうけど、まるで僕たちの未来を語っているようだったんだ。
花の咲かない木を植えて、溢れる枝に絡まりながら…もがきながら、青空を仰いでいるみたい。僕はそんな不思議さを感じた。

**はどう感じるんだろう。もう知ることは出来ないけれど。


いつか、あの日の「ただいま」を聞くことが出来れば…教えて。


∞2016/07/10

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