止血



 指先を怪我してしまった。本を読んでいたら、ピリッとした痛みが走って赤い血が流れて。
 痛いな。水で洗った方がいいかな。でも、面倒くさいな。本の続き、読みたいし。それでもやっぱ本に血がついてしまうのは不味いので(だってこの本は借り物だから)重い腰をあげて洗面所まで歩く。
 ざばー、と勢いよく流れる水道水に指先を当てる。水が盛大に跳ね返って飛び散る。私の血液もきっと水に溶けて飛び散ったのだろう。痛いなあ。

「何してるんだ」
「指洗ってる」

 突然後ろから話しかけられる。この家の持ち主である岸辺露伴だとわかっているので一々振り返らない。ちなみに本の持ち主はこの人だ。血でも付けようものなら一カ月はねちねち嫌味を言われるだろう。その性格が、嫌いではない。

「指? 何か触ったのか?」
「本と触れあってたら本の反逆に遭い出血」
「相変わらず面白くもない言い回しだな」
「ありがとう」
「褒めてない」
「知ってる」

 などと言っている間に出血が止まったような気がしたので蛇口を閉める。ぽたぽたといくつか水滴を零して止まった。
 指を見ると予想に反してまだ細々と血が出ていた。どうしたものかな、と考えていると岸辺露伴が指を覗きこんできた。
 嫌な予感がしたので手を引っ込めようとしたら、それよりも早く手首を掴まれた。と、同時に出血した指を咥えられた。生温かい。

「きもい」

率直な感想を言うと歯を立てられた。しかも傷口に。気持ち悪い上に痛いが上乗せされて色々と積み重なっていく不快感。
いっそ指を喉奥までつっこんでやろうかと思った矢先に岸辺露伴は私の指を吐きだした。

「微妙だな」
「人の指を無断で咥えてその反応か」
「取り立てて新しい発見はなかった」
「味見するなら自分の指でやればいいのに」
「何で僕が自分の指を切らなければならないんだ」
「私の精神安定のため」
「君に気を使う必要があるのかい」
「ある」
「ないね」

 すたすたと洗面所から出ていく岸辺露伴。その背中を追いかける気にもならない。けれど読んでいた本の続きが気になるので洗面所から出る。岸辺露伴が待ち構えていた。
 無言で私を見下ろすその目は私を明らかに見下している。目からビームでも出すつもりなのか。

「僕は腹が減った」
「ああ、そう」
「何か作れ」
「血液スープとかでいいなら」
「いいわけないだろう。なんだ、根に持っているのか」
「実は根に持つタイプじゃないんだ」
「なら何か作れ」
「なにかがおかしい」
「僕は腹が減った」

 うるさいので黙らせるために血液スープ、もといコーンスープとスパゲティを作る事にした。もちろん私の分はない。
 できあがったそれらをテーブルに乗せると「遅い」と文句を言われた。その時の岸辺露伴はきっと私がフォークを持っている事を忘れていたのだろう。手に持っていたフォークを垂直にテーブルに刺すと、黙った。

「読書の続きするから、邪魔しないで」
「君に命令されたくないね」
「邪魔したらフォークとナイフの空中乱舞」
「……」

 先ほどのフォークが余程効いたのか、言い返してこない。
 ソファに座り、漸く本の続きを読みだす。

 あ、指の出血がいつの間にか止まってた。


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