帰ってきたストレルカ



 承太郎は海が好きだった。海の生き物とか、海藻とか。そういうのにロマンを感じたらしい。
 私はといえば、宇宙が好きだった。星のひとつひとつの輝きとか、それらが結ばれてできた星座の物語とか、そういったものにロマンを感じた。
 星と海。まるで遠くにあるものをお互いに好きになっていた。それが逆に引力のように惹きあっているのではないかと言ったら承太郎に鼻で笑われ、恥ずかしい思いをしたものだ。

「星、綺麗だよ」
「あぁ」
「ほら、承太郎も見てよ」

 今日は夜に天体観測をしようと承太郎と約束していた。ちょうど空も晴れて綺麗な星空が見える。がんばってバイトでためたお金を全部使って買った望遠鏡が星を映している。承太郎に見るように勧めても、全然見ようとしない。
 見てよ、と承太郎に言っても俺はいい、と断られる。見てほしいのに。星、綺麗だよ。
 仏頂面の承太郎の顔なんて見ていてもしょうがないからもう一度天体望遠鏡を覗く。星のひとつが綺麗に映っている。

「何が楽しいんだ」
「ぜんぶ」
「……」

 承太郎にため息をつかれてしまった。私が星について語る時は大体こうだ。そして、承太郎が海について語る時、私も大体ため息をつく。お互い様。
 たまには話に付き合ってくれてもいいじゃないか、と思ってるのもきっとお互い様で、他に話はないのかと思っているのはきっと私だけ。
 だって他に話すことと言ったら、必ず昔の話になってしまうだろうから。承太郎はなんとなくそれを避けている気がする。たぶん、気のせいじゃない。

「星、見てると忘れられる気がするよ」
「……何を」
「いろいろ」

 その『いろいろ』には本当に色々な事柄が込められていて、あの時見た海の青さやあの時見た黄色い砂漠やあの時見た血の赤とか。色々、いろいろ。
 私達はたくさんの色を見てきた。
 帰ってきた私達はたくさんの色を忘れようとした。
 承太郎は海へ、私は宇宙へ。逃げだしたのだ。もうどの色も見たくないから。

「承太郎も海を見ている間は忘れられる?」
「少しは。だが、忘れられるものじゃねえ」
「そうだよねえ。忘れられたら、きっと私達ここにはいないよ」
「そうだろうな」

 かつて宇宙にたったひとりぼっちで旅立った犬がいた。その旅は片道だけの旅行。つまり、最初から地球へは戻って来られない孤独な旅だったのだ。
 私もいま、宇宙へ旅立っているのだろう。そして、恐らく戻っては来られない。あまりにも多くのものを失いすぎた地球には、もう戻れない。戻る為の部品を何処かに落としてしまったのだ。

「明日は」
「、うん?」

 思考が宇宙へと飛んでいたおかげで、反応が少し遅れた。
 承太郎は相変わらず仏頂面でどこか遠くを見ている。

「明日は、俺に付き合ってもらうぜ」
「……うん。そうだね」
「だから、勝手に宇宙になんて行くなよ」
「…………」
「行くな」

 ぎゅ、と承太郎に抱き締められる。
 こんなの反則だよ。もし、あの賭け事がすきな兄弟が見ていたら怒っちゃうよ。
 それにもう、私は戻れないよ。宇宙への片道切符は切られてしまったから。

「行きたいよ」
「……、」
「わたし、宇宙にいきたい」

 なのにどうして、君に縋りついているんだろうね。


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