手のひらを重ねて。 | ナノ






引力のつま先。





しばらく会話もなく道の案内をしていたら、凌牙くんが話しかけてきた。


「お前は、大事なものを失った事があるか?」

「大事なもの……私は、友達と、家族から……見離された……」

「……悪い。聞かなかった事にしておく」

「ううん。別に、いいよ。凌牙くんも、妹の事を教えてくれたし……」

「……遊馬は、お前の『友達』じゃないのか?」

「うん、友達だよ。だけど……何だろう、ずっと傍には居られないというか……遊馬は、眩しすぎるから」

「眩しい、か。確かにそうかもな」

「遊馬は……暖かな家族と、いつも賑やかな仲間に囲まれて……私は絶対にそんな風になれないから。ずっと、影のままで居ると思う」

「お前は影、なのか」

「多分、そうだと思う。影から光を見て、眩しいなあ、すごいなあ、ってずっと見ているだけ。遊馬がどれだけ私に近づいても、私は逃げるしかない……遊馬の光は強すぎて、私を消してしまうから」


初めは、そんな事を想わなかったはずなのに。
いつの間にか、遊馬が眩しくて、絶対にあんな風にはなれないと思って――少しだけ、遊馬が怖い。
遊馬を想っている家族、遊馬とデュエルをして慕う仲間たち。
その中に埋もれて窒息してしまいそうで、逃げ出した。
それなのに、今はWという人のデュエルを一緒に見ようとしている。都合のいいときだけ利用して――私は最低だろう。


「無理してあいつらと一緒に居る必要はないんじゃないか」

「……そう、かもね」

「お前が一緒に居たいと思うならそうすればいい。そう思わないなら、ひとりになればいい……俺のようにな」

「うん……」


それでも、まだ遊馬の傍に居るのを諦めきれないのは、私の我が儘だろう。
光にかき消されてしまうのが怖くて――でも、ひとりにはなりきれない。
ひとりは慣れていたはずなのに、いつの間にか遊馬と一緒に居る事に慣れていた。ひとりの時間が減ったから、ひとりで居る時間に違和感を覚えた。
ひとりになりきれず、誰かの傍に居続ける事もできずに――


「凌牙くん」

「何だ?」

「もし、私が凌牙くんと一緒に居たいって言ったら、凌牙くんは傍に居てくれる?」


凌牙くんの表情は見えない。
でも、多分、困っているだろう。自分でも、変な事を言ってしまったと思う。


「――……、カナタ」

「凌牙くん?」

「俺に関わらない方がいい」

「……ん、わかった」

「……だが、」

「?」

「お前が俺の傍に居たいと思うなら、勝手に来ればいい……後悔しても知らないがな」

「!」


予想外の言葉に、どきりとする。
思わず凌牙くんの顔を見るけど、ゴーグルに隠れていてよくわからない。
これは、どういう意味なのだろう。傍に居てもいい?
傍に居たいと思う時だけ傍に居て、それ以外は関与しなくてもいいの?

それは――あまりにも都合が良すぎるのではないか。
流石にそれは気が引けるけど、でも、いいと言ってくれた。
それだけでも十分だった。十分、心の逃げ場になった。


「……ところで、この道で合ってるのか?」

「え……あ、」

「俺はお前に道案内を頼んだはずなんだがな」

「ご、ごめん!えーっと、ここからだったら……左に曲がれば多分行けると思う」


ぐいん、と急にバイクが傾く。凌牙くんなりの仕返しかもしれないけれど、一瞬落ちるかと思いヒヤッとした。
だが、そんな事もなく、バイクは元の位置に戻る。

とりあえず道案内を続けるけど、段々道が入り組み、ちゃんと正しい道を案内できているか不安になる。
地図の道も細くなり、よく見えない。
もしかしたらこのまま真っすぐ行ったら壁かもしれない…と、思ったら。
本当に目の前に壁が迫ってきた。


「りょ、凌牙くん、引き返さないと、」

「チッ、めんどくせぇ……つかまってろ!!」

「ッ!?」


壁にぶつかる!!
目を瞑り、凌牙くんの服にしがみつく。瞬間、浮遊感が襲う。
バイクごと浮いた……なんて思っている間に今度は重力によって地面に叩きつけられた。
危うく舌を噛みそうになりながらも、何とか無事だった。

目を開けると、どうやらここは空き地のようだった。
そして、前方に男の人がふたり。その内のひとりは昨日会ったVくんだった。
Vくんは突然現れた凌牙くんと私を驚いたように見つめている。その隣の人は、余裕たっぷりといった表情だった。


「見つけたぜ……!」

「シャーク!?に、カナタ!?」


バイクから降りると、後ろの方に遊馬が居た。とりあえず軽く手を振っておくけど、果たして意味があったのだろうか。
凌牙くんはもう私の存在など忘れたようにVくんの隣の人……おそらくWさんを睨んでいる。


「忘れたのか、お前の一番のファンの顔を……!!Wー!!」


凌牙くんがそう勇んでも、全く持って余裕の表情が崩れないWさん。
ここに凌牙くんが来る事はあらかじめわかっていたのだろうか。


「やっと見つけたぜ……W」

「凌牙……ふ、そうだな。お前が俺の一番のファンだった……忘れていたよ」

「あの時の借りを返させてもらうぜ」

「借り、ねぇ……そういえばお前の大切な妹は元気か?」

「てめぇ……!!」

「彼女と遊んでいる余裕がお前にあるのか?」


彼女、というのは私の事だろう。しかし、この彼女という言葉が指している意味は一体。
……多分、口ぶりからして恋人関係だと勘違いしているのだろう。
凌牙くんは……私の、何なんだろう。最近、どうも距離感を見失ってしまっている。
ちら、と凌牙くんを見ると、Wさんを睨んだままの表情だけど、少し戸惑っているようにも見えた。


「別に、こいつはそんなんじゃねぇ。道案内を頼んだだけだ」

「道案内、ねぇ……」


にやにやと私を上から下まで舐めるように見るWさん。
あまり良い気分ではない。
しかし、チャンピオンであるWさんはもしかしたら毎日こんな風に見られているのかもしれない……私には耐えられないだろう。


「カナタ……君は……」

「Vくん……Wさんの兄弟、だったんだね」


良く考えてみれば、WさんとVくんの名前は数字で統一……というか、そのまま数字だ。
この発想に至らなかった方がおかしかったかもしれない。でも、WさんとVくんは正反対の性格をしているように見える。

凌牙くんの、知り合いなのか?という視線に頷く。といっても、昨日会ったばかりなのだけど。


「何だ、V。知り合いなのか?」

「えぇ……昨日、知り合った子です」

「なるほどねぇ……」


良くない事を考えている表情でWさんはニヤニヤと笑う。
凌牙くんと因縁があるし、もしかしたら妙な事を企んでいるかもしれない。
……私にできる事は何もないけれど。


「何もかも貴様が仕組んだんだ……俺のせいで、あいつは……!!俺はここでお前に復讐する!!」

「いいねぇ、好きだよ俺はそういうのが」


まさに一発触発という雰囲気。これ以上Wさんが凌牙くんを挑発したら、凌牙くんはWさんを殴ってしまうかもしれない。
そう思い、止めようとした矢先。
凌牙くんの腕に赤い紐のようなものが巻きついた。


「ッ、これは……!?」

「デュエルアンカーです。これで僕とのデュエルが終わるまで、離れることはできません」

「Vくん……!?」

「僕は、できれば君とデュエルするまではデッキを見せたくはなかったのですが……仕方がありません」


デュエルアンカーは、カイトくんも使っていた。
まさかとは思うけど……カイトくんと同じナンバーズハンターなのだろうか。


「V、こいつは俺の獲物だ。ひっこんでろ」

「W兄様。凌牙のデッキにはナンバーズはない。だったら、兄様が相手にすることはないでしょ」

「!」


やっぱり、ナンバーズを集めているらしい。でも、カイトくんとはやり方が違う。
カイトくんは時間を止めて、ナンバーズ所有者を見つけ出して回収していた。けど、Vくんたちはナンバーズを持っていない凌牙くんとデュエルをしようとしている……。
よくわからない。誰が何を目的にしているのか。わかるのは、ナンバーズは邪悪な力を持っていて、それはアストラルの記憶でもあるということ。
そんなものを集めた所で、アストラル以外が得をするとは思えないけど……。


「チッ、ファンサービスは終わりだ」

「おい、待て!!逃げるのか、W!!」


Wさんは凌牙くんに決勝で待っていると告げ、文字通り何処かへと消えてしまった。
まだWの名前を叫び続ける凌牙くんをVくんが宥め、デュエルを促す。
凌牙くんの傍に居て邪魔をしてはいけないから、そっと凌牙くんから離れて遊馬の傍に行く。


「カナタ!!そういやお前、何でシャークと!?」

「ん……まぁ、色々とあってね。それより、デュエルが始まるよ」

「あ、あぁ」



引力のつま先。