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夏の魔法使い

――なら、私と一緒に行きますか?――

 今年は大きい花火、見てないなあと何の気なしにつぶやいた。それは本当につぶやいた言葉。ツイッターとかいう流行りのSNSツールで、クラスのみんながやっていたから私も始めた。三桁ほどの総ツイート数にやっぱり慣れないと思ってやめようかと思った夏の終わり。フォロワーはクラスメイトだけなのでつぶやく人もたかが知れている。
 スマートフォンをスクロールさせて、先ほどのつぶやきがツイートされて一分ほど経った頃。画面の下の方で何かが通知を告げる。
 えっ、と驚いてページを切り替えた。ダイレクトメールなんて初めて貰った。一体誰から?
「――」
 まさかの相手に息を飲む。ちょっとおかしなアイコン画面。大好物のところてん。集中線で加工されてあるのは確かお友達の仁王くんのせいだと言い訳をしていた。
 送り主は同じクラスの柳生くんで、彼みたいな人でもツイッターをやるんだと感心して、それが私も始めるきっかけとなったのだ。柳生くんは部活のメンバーの人としかあまり話していないようだけど、感動する話とか、思わず頷いてしまうような話をツイートに載せている。ツイートすればほとんど全てお気に入り登録されるので私も気兼ねなく柳生くんの、ためになるツイートをお気に入り登録している。
 そんな柳生くんから花火大会に行かないかという趣旨の誘いをダイレクトメールで受け取ってしまったのだ。
 スマートフォンを頭上に掲げる。唸り声を上げながらどうしようかとメモ画面を開いて返事のダイレクトメールの内容を考える。
「うーー今なら私、死んでもいいかも…」
 当たり障りのない了承の返事を出せば、ここなんかどうでしょうかと花火大会の情報が添付されてきた。


 
 待ち合わせ場所は会場の駅のホームでだった。慣れない場所にきょろきょろと辺りを見回す。柳生くんは早めに来ているイメージがあったのだけれど、十五分前には来ていなかった。首元を少し直して手元の巾着を持ち直した。

「佐藤さん…?」
 それから五分後。柳生くんは来た。私の前を素通りしかけて、私が声をかければびくりと肩を揺らして私を視界に入れると上から下まで驚いたようにぐるりと見回した。それからそんな見方をしてしまった自分に気づいて失礼しましたと頭を下げられた。
「あれ…だめ、だったかな…? 私、こういうの着られる人だから、せっかくなら着てこうかなあって思っちゃったんだけど…」
 私は今日浴衣を着ていた。
「いえ! そんなことはありません。…とてもお似合いです。すみません、あまりに素敵すぎて言葉も出ませんでした。お許しを」
「…柳生くん、それって素なの?」
「ええもちろん。本当は詩にでも連ねて私の感動をお伝えしたいぐらいですが、初めてのデートでそんなことしては場がしらけてしまうことぐらい私にもわかりますので、今日はこれぐらいで」
「で、デートか…」
「はい」
 にっこり。綺麗に笑った柳生くんは私の手を取ると、軽く持ち上げて目を細めた。
「今宵は不肖ながら私がお相手させて頂きます。どうかはぐれないよう、お気をつけください。下駄が辛くなったらいつでも言ってくださいね。絆創膏などの準備もありますから」
 どこぞの王子様でも気取った仕草に、これも素なのかと少し感心してしまう。けれどそうしてから、ああでも柳生くんならこれくらい許せるかも、と思わせてしまうから彼は不思議だった。
 紳士と呼ばれるに相応しく、そのまま柳生くんはわたしの手を離して隣に並んでにこにこと笑いながらゆっくりと歩いてくれた。


 部活があった柳生くんに合わせたため、花火大会のが始まるとほぼ同じ時刻に会場のある駅を出た。
 ドオォン、と盛大な音が鳴る中、人ごみに飲まれて離れ離れにならない私たちはぴったりと寄り添った、
時折迫ってくる人々から柳生くんがそっと手を添えて私を人の少ない方へと逃がしてくれるので、つらくはなかった。
 夜風が涼しい。建物ばかりの市街地を抜けた時だった。開けた空に、ヒュウという音が響く。
 瞬間。ぱっ、と空に大輪の花が咲く。赤と緑の華だった。ぱちぱちと煌き、儚く散る。遅れて音がやってきた。会場へ向かう波の中からオォとどよめきに近い歓声が上がる。
 生で感じる花火の輝きに、音に、身体中を言いようのない感動が走る。それをどう言葉にしたらいいかわからなくて柳生くんを見上げれば、彼は私を見ていた。
「花火、好きなんですね」
「…え?」
「きらきらしてます。花火にも負けないくらい、あなたの顔が」
「あ……。うん、昔、おじいちゃんとおばあちゃんに連れて行ってもらったことがあって。それ以来、生で見る機会なかったから、感動、しちゃって」
「誘ってよかったです。さ、もう少しですよ。頑張りましょう」
「うん」
 後ろから人がぐいと押してくる。うわあと声に出さず焦れば、柳生くんの手が私の手を掴んでそっと引き寄せられた。
「あ……」
 意外に骨ばった手だった。その大きさに、柳生くんも男の子なんだと改めて知った。
 そのまま指が離れないので、私は柳生くんを見上げた。柳生くんは絶えず打ち上がる花火に目を向けていて、その瞳はメガネのフレームが邪魔してよくわからない。何だかわざわざ言うのも違う気がして、そのまま俯いた。指先を少し動かしてきちんと柳生くんの手をぎゅっと握った。
「花火、綺麗だね」
 柳生くんの視線が突き刺さる。私は知らんぷりを決め込んだ。
「…ええ」
 きゅ、と指先に力が込められ、思わず肩が揺れる。それに柳生くんが隣でくすくすと笑うもんだからじわじわと頬が熱くなった。
 会場が、近づいて行く。


 会場への道は警備の人や係の人の誘導によって何とか統制が取れている形だった。しかしそれも段々と増す人々に対応し切れていなくなっている。
 駅を出て三十分ほどしてやっと会場入り口へと到着した。けれどそこからまた歩かされるらしく、慣れない服装からの疲れからか、小さくため息をもらした。ここから見える花火でも十分満足できる。でもどうせなら歩きながらではなくて、ゆっくり足を止めて見てみたい。
「行けますか?」
「うん。平気。行こ」
 柳生くんがそっと私の手をひく。私は人混みの中肩身の狭い思いをしながら柳生くんにそっと寄り添った。
 がやがやと人の声と花火の打ち上がる音の喧騒の中、前後左右関係なしに押されながら進んでいく。本当に会場に向かっているのか疑いたくなりながらも私たちは離れないように時折空の華を見ては声色を明るくしながら話をした。
 時計に目をやる。もう花火が終わる十五分前だった。どうやら会場から帰ろうとする人の波があるらしく、進行が悪い。そんな中でも後ろから押す人がいたりと、なかなかに混乱を極めていた。
 花火を楽しみたいという欲は最早薄れかけ、私は柳生くんを見上げた。
「ね、柳生くん。もうあと十分ぐらいしかないから帰る? 歩きながらでも十分見たし、私は、いいよ?」
 流石にゆっくりと花火を見る、というのが無理だと悟り始めた私はそう提案をした。
 しかし、柳生くんは少し間を空けてから小さく首を振った。
「まだ……あ、いえ。もうちょっとだけ、進みましょう」
「柳生くんが、そう言うなら…」
 きゅっと力の込められた指先。柳生くんの考えていることはわからない。けれど、一心に花火を見つめる姿を見てはそれ以上は言えない。
 群衆があっちそっちと流れを作る。両サイドから帰る人の波に襲われ、手持ちの巾着がそれに巻き込まれた。
「あっ……! 待って……!」
 反射的にそれを追いかけようと向きを変えたのがいけなかった。驚いた柳生くんの顔。巻き込まれる浴衣。私はそのまま前へ進むことなく流れに従って後退していく。柳生くんは前へ前へと、別の流れに流されていった。手を伸ばした柳生くんの、必死な顔が最後に見えた。


 ドォオン、最後の花火が打ちあがり、きらきらと光った大輪の華に花火を見に来ていた客の皆が賞賛の拍手を送った。
 私はそれにちらりと視線を寄越すだけで、たった一人、花火大会の会場を出口へと向かって人の流れに流されていた。
 スマートフォンでで連絡を取ろうとするが人が多いせいか、電波がうまく入らない。度々落としそうになったので諦めて、巾着の中へそれをしまった。
「はあ……やっちゃった」
 ため息ばかりが口を出る。せっかくのデートだったのにこれでは台無しだ。
 とぼとぼと駅へと向かい、柳生くんになんて謝ればいいのかと考えていた。
 ぎゅうぎゅうだった人も疎らになり、幾らか歩くのも楽になったころ、改めて連絡を取ろうとスマートフォンを手にした時だった。
「佐藤さん!」
 焦ったような声が、私を呼んだ。慌てて振り向けば、柳生くんがこちらへ走ってきていた。
「や、柳生くん。あの、私――」
「すみませんでした」
 柳生くんは眉を八の字にして、私を気遣うようにそっと手を握った。
「私が行こうと無理やりあなたを先へ急がせたせいであんなことに。一生の不覚です。何か不便なことはありませんでしたか? 靴ずれ、着崩れ、眩暈、動悸…その他体調不良などはありませんか…?」
「うっうん。全然平気。柳生くんは悪くないよ。私があの時巾着なんかに気を取られていたから…」
「いえいえ。持ち物をなくしてしまわれる方がよっぽどです。あなたの判断は賢明でした。それよりも私は私の不甲斐なさに嫌悪しています。本当に申し訳ありません」
 土下座でもし出しそうな気迫で謝ってくる柳生くんに私は「気にしないで」と再三声をかけた。
 やっと柳生くんがいつも通りに(それでもまだ申し訳なさそうにしていた)なったのは数十回は謝り続けて、夕飯を食べましょうと私に提案してきた頃だった。
「おなかはすきましたか?」
「うん。ぺこぺこかな」
「地元の駅の方ですませましょうか。会場近くの駅では混んでしまっていることでしょう」
「そうだね、そうしよう」
 今度は手を繋がなかった。柳生くんが少し前を歩いて私がその後ろをついて行く。花火大会が終わってしまって、私と柳生くんの間にあった不思議な結びつきも、ほどけてしまったみたいだった。
「ねえ、柳生くん」
 会話のない中、私は前を見つめる柳生くんに声をかけた。
「さっきはどうして帰ろうとしなかったの? そんなに花火、見たかった?」
 そういうと、柳生くんは一瞬表情を固めてから、また困ったように顔を歪めた。
「何だか、魔法が解けてしまいようで」
「魔法…?」
「楽しかったのです。あなたと一緒にいられる時間が。でもそれも、あと少しで終わってしまう。そう、考えると、何だか帰ってしまうのが勿体なくて……すみません。ただの我が儘なんです」
 まだまだ人でごった返す中、聞こえた声は柳生くんの本音で、私は驚いた。タイミングは違えど、柳生くんも、私と同じことを考えていた。
 目の前でぶら下がる手。ついさっきまで私の手を握って、守ってくれた頼もしい手。
 勇気を持って、私に声をかけてくれた優しい人の手だ。
「柳生くん」
 だから今度は私が踏み出す番。
「帰るまでが、花火大会なんじゃないかな」
 柳生くんの手を握って、彼の隣に並んだ。呆気にとられた柳生くんが、それでも柔く、私の手を握り返してくれる。
 空を見上げた。真っ暗な空だった。柳生くんと見上げた、花火の色が、またすぐにでも散りそうなほど、穏やかな空だった。
「……また魔法に、かけられました」
 柳生くんらしい感想に私は声を上げて笑った。


季節外れだなんて気にやしてられん!!柳生くんおめでとう!!


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