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特別をください

「やぁぎゅうくんはー」

 柳生は間延びしたさちの声を聞いて、少し迷いながらも本から顔を上げた。それに気をよくしたさちはにんまりと笑顔を見せて、するりと、柳生に近づいた。
 力の入っていない柳生の手から本を抜き取り、ちゃんとしおりをはさんでベッドの端に優しく放る。柳生が少し顔をしかめたことにさちは気づかないふりを決め込んだ。

「なんですか、佐藤さん」
「柳生くんは、普通に喋れないの?」

 普通とは? と一瞬疑問が浮かぶが柳生にはさちの言っているのことがすぐにわかった。

「そうですね。あまり慣れていないですし、敬語で話した方が誠意が伝わるというか、私としても非常に話しやすいです」
「同い年とか年下の人と話す時に、堅苦しいって思われちゃうよ?」
「そういう風に思われる方とは親しい関係になりたいとは思いませんね」

 案外ブラックなことを言っているはずなのに柳生があまりにも爽やかに笑うせいで普通に聞こえるから不思議だとさちは思った。

「紳士じゃないね」
「誰とでも親しくでは八方美人というのです」
「私とは親しくないの?」
「親しいですよ」

 じゃあなんで、と聞こうとしてさちは口をつぐんだ。そしてすぐにああそうかそういうことかと一人納得した。

「敬語で話してても嫌だなって思わない人とだけ仲良くしたいんだね」

 柳生はそれには答えず、変わりににっこりと笑ってさちの頭を撫でてやった。

「でも、あなたがそんなことを言うなんて思ってもみませんでした」
「どうして?」
「部活のみなさんーー私と親しくして頂いている方々はもうそんなこと言いませんので」
「うーーん。でもね、柳生くん。私たちは柳生くんの部活仲間とは違うんだよ」
「違う?」

 柳生はさちの頭から手を離して首を傾げた。
 言ったさちもさちでこういう所に気づかない柳生は恨めしくもあり、また愛おしくも感じていた。普段は垣間見れない緩んだ柳生。

「恋人、でしょ? 私たちは」
「ああ…」

 柳生は息を吐き出すようにそう言ってからすみませんと頭を下げた。そして自分の不甲斐なさを悔いた。

「言いたいことは大体わかりました。…あなたにそんなことを言わせてしまうとは私もまだまだですね」
「ほんとほんと」

 冗談のような本気のようにも聞こえるさちの言葉に柳生は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「敬語で話される彼女ってのも中々いないと思うんだけど」
「…この話し方は…不快ですか?」
「全然。ていうか柳生くんが普通に話しだしたらなんか変」

 ではなぜそのようなことを? と言いたげに柳生はさちを見た。それに対してやれやれといった様子でさちは教えてやることにする。

「他の人より特別な何かが欲しいなって」

 瞬間、柳生はさちを優しく抱きしめた。

「わっ! えっちょっと柳生くん!」
「すみません、佐藤さん。本当に私はダメな恋人ですね。…ああ…! 今すぐにでも地獄の業火に焼かれてしまいたい!」
「…それはちょっとオーバーだよ」

 慌てはしたがいつも通りの柳生にさちも安心してそっと腕を背に回した。温もりが心地よい。





「特別な何か」

 しばらくして柳生はぽつりと呟いた。さちは顔を上げる。柳生と目が合い、ふっと微笑まれて、胸に広がる幸せに少し欲張りすぎたかもしれないと後悔し始めていた。

「あ、いいことを思いつきました」

 柳生は少しだけさちとの間に空間を開け、二人して向き合う形にした。
 なんだろうとさちはぼんやり、揚々としている柳生を見つめた。

「さちさん」

 突如、目の覚めるような衝撃がさちを襲い、そして、遅れてやってきたのは胸いっぱいになるほどの幸福感。

「やぁぎゅうくん…」

 おどけて出した声は幸せのあまり震える。柳生は笑って、さちの頬を撫でた。

「違いますよ」
「え?」
「あなたの特別を、私にもください」
「あ……」

 本当にいいのかと視線で問いかけたさちに、柳生は微笑む。それはオーケイのサインだった。

「比呂士くん」

 今度は自分から抱きついて、私はなんて幸せなんだろうとさちは柳生の胸に顔を埋めた。



20130313


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