噂を聞いた。
彼女は泣いていなかった。強い人なんだろうなと思った。
私ならきっと無理だ。泣きわめくかもしれない。私は、強くなれない。
「よぉ」
「仁王…」
隣に胡座座りをして、仁王はビニール袋を足の上に置いた。そこからパンを取り出す。私がその様子をじっと見てると「食う?」とパンを差し出されたので、首を横に振る。食べる気がしない。
「なん、呼び出した理由」
「ね。柳生くんどうしてる?」
「は?」
「柳生くん」
「どうって…別にいつもと変わらんけど…なして?」
「柳生くん、彼女と別れたんでしょ?」
「おん」
「柳生くんが好きになって、告白して、付き合って、柳生くんがフった」
「クク、まとめられると紳士らしくない」
「でも、フった理由がかっこよすぎてみんなすごいねって言ってた。あれ、本当?」
テニスの大会へ向けて、将来のため、そして彼女のため、いかにも柳生くんらしい。すべてを抱えるには自分の手はまだ未熟すぎる、だっけ。とても誠実な人だ。
「ほんとじゃよ。ああみえて不器用だから、柳生は。彼女を二の次にするんが許せんかったんじゃろ」
「あの、さ」
彼女は泣きもしなかった。いつも通りだった。
「ん?」
同じクラスで、そんなに話したことはないけれど、みんながこそこそ噂するのも気にもせず、彼女は高校受験に向けて勉強をしている。私には、到底出来っこない。
「もしかして、別れたい?」
もし仁王が柳生くんと同じこと考えていたら、きっと仁王は私のことよく知ってるから、中々言い出せないと思っていた。
柳生くんの誠実な理由を聞いて、私は心臓がばくばくした。もしも、自分にも同じ事が起きたらどうしようって、怖くなった。
仁王はパンを食べるて手を止める。かさりと袋を置く音が聞こえて、何を言われるかとそればかり考えていた。
「あほ」
ぽん、と頭に手が乗せられてそのままぐりぐり撫でられる。いきなりのことでやめてよ! と暴れれば何が面白いのかケタケタ笑い出した。
「お前はそんな心配せんでええの。言ったじゃろ?柳生は不器用だって。俺は器用に何でもこなすから、佐藤とだって付き合っていける」
「そ、そう…」
取り越し苦労だった。もしもの過程ばなしで話が進んで、勝手に盛り上がっていた。恥ずかしい。
「でも、まあ、ありがとうな」
「え?」
お礼を言われて仁王を見る。目が合うと、少し照れくさそうに視線を逸らされた。
「俺んために、そうやって言ってくれて」
仁王はビニール袋の中を漁っていた。カサカサ音を鳴らしながら、話す。
「俺は柳生とは違う。柳生はくそ真面目だから。あいつなりの信念があるんじゃろ。あいつの彼女さんだって、ちと変わってはいるが、柳生んこと好きだったから、潔く別れたんだと思う」
「…うん」
「佐藤は佐藤なんじゃから、無理せんでよか」
「…うん」
「あ」
袋をかき回す手が止まる。ふと私の顔をみると急に笑って中のものを取り出した。
「菓子パンもあるんじゃけど、食う?」
「うん!」
俯く私によしよしと、今度は優しく頭を撫でて、仁王はパンの袋を一つ私の前に置いた。
「きっと、いつか、あいつらは、またうまくいくぜよ」
仁王の言葉を聞いたら、あの二人が本当にそうなるような気がした。