規則は守るためにある | ナノ
守るべきこと



 生徒会室の鍵を開けて私は机を挟んで真田と向き合う形で椅子に座った。

「これを」

 会った時から思っていたけれどいつもと何だか雰囲気の違う真田。ピリピリとしたその様子に私は恐る恐る出された資料を手に取った。表紙に『風紀委員報告書』と書いてある。

「報告書がどうかしたの? 私、あんまりこれ見たことないから不備の訂正とかは柳生に…――」
「風紀委員の不正立件数のページを見ろ」

 私の言葉を遮る真田に彼が怒っているんだとやっと気付いた。
 私は言われた通りのページを開く。そこには赤い棒グラフと委員の名前が記録されていた。

 風紀委員報告書とは日々の風紀委員の活動内容をまとめ記録するものだ。作成責任者は柳生で、真田が見るように指示したページには各風紀委員の不正記録をグラフで表示されたものが載っている。立件数の多さによってその棒グラフの長さは変わる仕組み。
渡された資料をぺらぺらと捲って目的のページを開く。トップはやっぱり委員長の真田。軍を抜いた立件数だ。その隣には真田に迫る勢いの柳生のグラフが載っていた。その意外な数に驚きはするものの、さらにその隣のグラフの人物を見て私は余裕なんて持てなかった。

「どうして、お前の立件数は0なのだ?」

 真田は静かに私のグラフを指差した。赤い棒グラフがあるはずのそこは空白がただあるだけだった。

「さあ」

 真田の示した資料は私の行っていた不正を見逃すという行為を示唆していた。でも真田は私のしていたことの事実は知らない。ということは私が口を噤めばどうにかなる。そう思い私はごまかそうと努める。

「立件数はちゃんと記すというのが決まりであろう。お前に限ってまさか立件していないなどということはないだろう。…一体どういうことなんだ?」
「単純に記録するのを忘れていただけだよ」
「これには期限を設けたはずだ。…お前が決めた規則を守らないとは考えられん」
「私だって忘れることくらいあるってば」
「ふむ…」

 真田は訝しげな眼差しで私を見つめるが、私は知らない振りを決め込む。

「何か…隠していないか?」

 なおも真田は私を疑っているようだ。

「なんにも隠してない」
「だが、どうも納得できない点ばかりだ。お前は今まで規則や約束事に関して鬼のように厳しい。それは自分に対してもそうであった。…これまでのことを考えるとにわかにお前が風紀委員として決まりを忘れるとは考えられん」
「本当に忘れちゃっただけだって」

 真田の言う通り。私が約束事を破るなんてありえない。風紀委員を一緒にやってきた真田が違和感に気付くのも無理はない。
でも、不正を隠していることが露呈するわけにはいかない。

「そういえば、みょうじは確か不正者のチェックリストを作成していなかったか? ――この間の朝の当番で一緒になったときにも、チェックを付けていたはずだ。それならばまだ持っているだろう」
「……どっかやっちゃったかも」
「いい加減にしろ」

 ぴしゃりと真田は良い放つ。

「一体何を隠しているんだ? たとえ言いたくないことであろうと、お前のこの結果は不可解なものだ。委員長としてほっとくわけにはいかない」
「……」
「さあ、言え」

言ってしまえば私はきっと風紀委員を辞めなくちゃいけなくなる。私は風紀委員の仕事が好きだ。生徒から見れば嫌われ役だけど生徒のために力を注ぐみんなの努力を見ていてなおさら私はそう感じている。だから、辞めたくない。でもこれ以上嘘をついているのは私の道徳に反すること。
 ずっと覚悟はしてた。もしかしたらいつかばれてみんなから後ろ指を指されるような存在になることを。それでも私が不正を取り締まらなかったのは、根底にある人を助けたいという気持ちから。

 真田の視線は鋭く、もう嘘が通じないことを意味していた。
 これじゃあもう隠し通すのは無理…。

「私…は…」

 真田に言ったら怒るだろうな。もしかしたら拳が飛んでくるかもしれない。それでも、構わない。私は私の信念を貫き通せれば。

「――その件でしたら、私が説明致しましょう」

 突如聞こえたその声の方向に目を向ければそこには――柳生がいた。

「柳生…、どうしてここに」
「生徒会室に忘れ物をしてしまったから取りに来ただけです」

 後ろ手に入ってきたドアを閉めた柳生は眼鏡のずれを直し、私の横――座っている真田を挟んだ机の前に立った。

「真田くん、みょうじさんの立件数の少なさの原因は私にあるんです」
「何?」

 柳生はそんなことを言い出した。意味が分からなくて彼を見上げるが、表情はいたって平静。淡々とした様子で続けた。

「私があまりにみなさんに優しく接しすぎたせいで立件数が少なくなってしまっていたところに、みょうじさんは彼女の立件数をすべて私に提供してくださったのです」
「それは、――不正行為だぞ」
「はい、わかっています。悪いのは私です。彼女が断れないのを知りつつお願いしてしまったのです」

 柳生がつらつらと述べる言葉、それはすべて嘘だった。私は柳生に自分の立件数なんてあげたことないし、頼まれたことだってない。なんだってこんな嘘を――。

「ちょっと待ってよ!」
「みょうじさんは黙っていてください。もう私のことを庇わなくていいのです。――真田くん、悪いのは私ですから、みょうじさんを問いただすのはお門違いです。制裁なら私に加えてください」
「覚悟を決めて来たようだな。――いいだろう歯を食いしばれ」

真田が立ち上がり、柳生は真田の前まで歩いていく。

「柳生!?」

私が柳生の名前を呼んで立ち上がれば、柳生は一瞬こちらに顔を向け、口ぱくで私に言葉を伝える。『だいじょうぶ、です』

 柳生があんまりにも優しい顔で私を安心させようと微笑むもんだから、もう私は何も言えなかった。

 なんで、庇うのよ…?

 生徒会室に響く真田が柳生の頬を叩く音に私はびくりと肩を揺らした。




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20120618
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