規則は守るためにある | ナノ
Mの遊び



「みょうじー」

 あれから何日かたって、仁王のイタズラはなりを潜めていた。そんな放課後、ダルそうな声が私を呼んだので首だけで振り返れば、丸井が教室の後ろのドアに寄りかかって、親指でそこにいる人物を指した。

「真田」

 がた、と机から立ち上がりすぐさま真田のもとに行く。真田が私に用事なんてめったにないことだから何かよからぬことでも起こったのかと心配になってしまう。

「すまないが、このあと少し時間はあるか?」
「うん、私は大丈夫。真田はいいの?」
「部活は幸村と蓮二に任せてある。支度が出来次第、そうだな…」
「生徒会室開けておくよ」
「わかった。頼む」

 そういって真田は教室を出ていった。

「なんだよ。オモシれーこと?」

 横から丸井が私の肩に顔を乗せてにやにや笑いかける。

「きっと何か委員会で問題でも起きたんでょ」

 それを軽くあしらって、生徒会長から鍵をぶんどらないといけないな、と頭の片隅で思った。

「つまんねえの」
「何がよ」
「お前知らねーの? テニス部じゃあ、真田の彼女はみょうじだと思っているやつ結構いんだぜぃ」
「は?」

 なんだそれ、初耳だ。

「ま、幸村くんが勝手に言ってるだけだけどなー」

 それに便乗する柳と仁王も問題だけど。
 なんて丸井が付け足したが、私はその言葉の前が気になった。

「幸村くんが?」
「おう」
「私、幸村くんとあんまり話したことないのに」
「そうだったか?…あ、そういえば幸村くんがそんなこと言い出したのって、仁王になんか吹き込まれたからじゃなかったけか?」
「……、あいつ…」

 最近ことあるごとに私に何かと絡んでくる詐欺師は、幸村くんにまで変なことを吹き込んでいたらしい。

 教室を見まわすが、肝心な時に仁王はいない。

「丸井!あとで仁王に会ったら、覚えてろ! って言っといて」
「おー。…つっても仁王は明日には忘れると思うけどな」
「なんか言った?」
「なーんも」

 とぼける丸井にむっとしてしまうものの、真田を待たせるわけにはいかないと、急いで生徒会長から生徒会室の鍵を奪いに向かった。





「丸井くん」

 みょうじが去った後、そろそろ部活に行くか、とバッグを担いだ丸井に柳生が声をかけてきた。

「よう!比呂士。…あ、比呂士お前メロンパンのこと忘れてねぇだろうな!」
「え、あ、えぇ…もちろん」

 この間のメロンパンは結局仁王くんが持ったままだったんですか。そうひとりごちてやれやれと肩を落とす柳生は、不必要な出費が出来てしまうとため息をこぼした。

「ため息つきたいのはこっちだぜぃ。ったくあのメロンパンを俺がどれだけ楽しみにしてたか…」
「すみません。今度、家の近くのおいしいメロンパンを買ってきますので、それで勘弁してください。…ところで仁王くんは?」
「仁王? っと、そういえば、俺もみょうじから仁王に文句言うように頼まれてたんだっけ」
「…また仁王くん何かしでかしたんですか?」
「例の部内で回っている真田とみょうじが付き合っているってのをを幸村くんに刷り込んだのが、仁王かもしんねーの」

 柳生自身、その噂は知っていた。でもそんな素振りは二人の間から見られなかったし、柳生は真田が誰かと付き合うこともみょうじがそうなることも考えられなかった。

「まずあの二人がお付き合いをするというのは中々想像できませんがね」

 だから自然とそんな言葉が口から出ていた。

「そうか? 堅物同士結構お似合いだと思うけどな」

 けれど丸井の何気ない返答に柳生は顔を歪めてしまう。だがそんな自分に気づいて、すぐさま表情を元に戻した。
丸井はそれを見逃さず、柳の言っていたことは本当なんだなぁとぼんやり思った。

 ――柳生はみょうじの話になると顔つきが変わる。

 いつかそんなことを柳は言っていた。聞いた当時は何の事だかさっぱりだったが、今なら柳の言うことにも頷ける。丸井はちょっと面白くなって柳生を少しからかってみることにした。

「俺的には真田とみょうじが付き合ったらオモシレーけどな」
「そうなんでしょうか…」

 顕著にみられる気の沈んだ声色に丸井はにやけそうになる口元を隠すようにあくびをした振りをして手を添えた。

「そういえば、みょうじも真田みたいな厳しい人には憧れるとかなんとか言ってたっけ」
「……」

 ついに黙ってしまった柳生に丸井は心の中で大笑いしてやる。紳士のこんなとこめったに見れやしない。

「それに今、二人して生徒会室で“ナニ”やってんだろうなー」

 え? と小さく驚きの声をもらす柳生。さっき真田がみょうじを呼び出してたんだって、と意味深な言葉を丸井は言った。

「真田が部活サボって行くぐらいだから相当重要な話してるんだろうなー」

 さらに続ける丸井とは裏腹に柳生の心は焦りで埋め尽くされていた。焦り、それが何からくるものなのか本人にも正確には把握しきれていなかった。

「丸井くん」
「ん、なに?」

 気付けは柳生は丸井の名前を呼んでいた。

「部活…少し遅れていきます」

 は? え、ちょっと待てよ。
 丸井がそう言い切る前に柳生は教室を出ていった。まずいとかやばいという感情が丸井の頭の中を占める。

 今すぐ、比呂士を追いかけるべきか? いや、でもこれはこれで…。

「オモシレーことになるかも」

 丸井は心の中で比呂士めんご、と軽く謝る。そしてすぐに思考を帰り道でジャッカルに何を奢らせようかということに変えてしまった。

 部活に行こうと教室を出て、誰もいない廊下に立つ。なんとなく、柳生の向かった生徒会室への道へ目を向けた。

「仁王がちょっかい出す理由、わからなくてねぇかもな」

 丸井はテニスコートへ足を進める。




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20120527
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