規則は守るためにある | ナノ
詐欺師の思惑



 朝教室に行けば、仁王の席に柳生がやってきていた。

「おはよ。――…仁王、昨日の茶番は一体なんだったのよ」

 迷惑でした、というオーラを全面に出してそう尋ねる。昨日、仁王は結局最後まで変装を解かなかった――つまり、教室に戻ってこなかったのだ。

「みょうじさん、おはようございます。今、私もちょうど仁王くんに事情を聞いていたところなんですよ」

 机に肘ついてめんどくさそうに席に座っている仁王の前に立っていた柳生はかちゃと眼鏡のフレームを押し上げて、仁王くんさあ答えたまえ、と言い放った。
 私も事の真理を彼に問おうと、柳生の隣に立つ。

「別に意味なんてなかよ。ただのお遊びじゃ」
「それにしては度が過ぎます。私がフォローを入れなければ、“私”が大変なことになっていたんですよ」
「それはそれで面白いナリ」
「面白くなんてありません」
 
 ぴしゃりと言い切る柳生に仁王は肩をすくめた。

「だいたい、私だけでなくみょうじさんまで巻き込んだのはどうかと思いますよ」

 柳生の意見に私は頷いた。 
 そうだ、なにかと私を巻き込むのはやめてほしい。

「…じゃから、俺は…」

 はあ、と長いため息を吐き出し、仁王は言うのすら馬鹿らしく感じたのか、言葉を止めた。
 だが、すぐに表情を明るくして私ににやにやと笑いかける。

「そんなことより、のうなまえちゃん、…俺と付き合わんか?」

 急に私のことを名前で呼んだかと思えば、仁王はそんなことを言い出した。

「何を言っているんですか仁王くん!」

 無理、と返事をする前に柳生が机に身を乗り出して抗議する。
 そんな柳生の行動に私は少し驚いた。声を荒げたのもそうだけど、日頃の仁王の突拍子のない行為に柳生はここまで叱ることはなかったからだ。

「好きな相手に告白して何が悪いんじゃ」
「いい加減にしてください。冗談で告白なんてするものじゃありません」
「なら…」

 仁王は柳生から目をそらして、私に視線をあわせた。

「本気で好きだ、って言ったらどうする?」

 仁王の発言に柳生は声を失う。私は間抜けな声を出してぽかんと仁王を見つめてしまう。そんな私の様子に仁王は頬を緩ませた。

 こいつが私のことを本気で好き。

 ありえない話をやっと噛み砕いた私の体にはぶわっとトリハダが立った。仁王は私の反応を見て楽しむのが好きなだけじゃなかったの。

「…それでもダメです」

 柳生が沈黙の中にそんな言葉を絞り出した。私は柳生に目をやる。一瞬、柳生と目があったが、すぐに逸らされてしまった。

「俺の告白なんじゃから、お前さんには関係ないじゃろ。引っ込んでいんしゃい」
「そんな訳にはいきません」

 なおも食い下がらない柳生を見て仁王がにやりと笑ったのを私は見逃さなかった。これは――ペテンだ。

 柳生は気づいていない。私は柳生に伝えようと口を開くが、それを見越した仁王が先に口を開いた。

「おかしいことを言うのう。何で俺がみょうじと付き合っちゃいかんのけ?」

 仁王がにやりと笑う。

「それは…」

 柳生は言いよどんだ。

「やーぎゅ。何でなんじゃ?」

 挑戦的な眼差しを向ける仁王。柳生はちらりと私を見てから眼鏡を押し上げた。

「あなたの言うことが本気に聞こえないからです」
 今度はきっぱりと柳生は言いきった。

「ひどいのう。俺は本気なんに」
「いいえ、あなたはみょうじさんの反応を楽しんでいるとしか思えません」
「決めつけるんじゃなかよ。俺はみょうじのことが好きナリ」
「日頃の行いから信用することができません」
「信じるか信じないかはみょうじが決めることじゃ」

 勝手に言い合う二人にお互いに引かない。

「…ちょっと、いい加減にしてよ」

 痺れを切らした私がそう言えば仁王は席を立った。

「みょうじ」

 私の名前を読んだ仁王は私の手を取ってぎゅっと握った。ぐいと顔を近付けられる。

「よく考えといてくれ」

 そう言ってそのまま教室を出ようとする仁王。放心している私の代わりに柳生がどこに行くのですかと尋ねれば、屋上と一言だけ返して、手をヒラヒラとさせて教室を出ていこうとする。

 けれど、何が思い出したかのようにしてその足を止めた。

「柳生、…これで王手じゃ」
「…一体、なんの話ですか」
「わかっとるくせに」

 クスッと笑って仁王は今度こそ教室を出ていった。






「やっぱりあいつ苦手」

 仁王の出ていった後で私は呟いた。

「彼が何をしたいのかはだいたい見当がつきました」
「なに?」
「あなたと私の反応の仕方を楽しむ、ではないでしょうか」

 本当にそんな単純なことで仁王は動いているのだろうか。私たちの反応を楽しみたいのなら、いつもみたいにちょっとしたイタズラを仕掛ければいい。どうも最近の仁王のやることは大掛かりな気がする。

 ねぇ、柳生。
 そう呼び掛ければ、わかっています、と返してきた。柳生もきっと私と同じように仁王の執拗なイタズラについておかしいって感じているんだ。

 私たちは詐欺師の変異の理由がわからないままであった。






「仁王くん」
「おぉ、やっときたか」

 仁王は屋上の給水タンクの日陰に寝そべっていた。開いていた携帯電話をパチリと閉じる。画面にはみょうじからの授業を受けろという内容のメールが表示されていた。
 柳生は梯子を登ってその横に腰かける。

「今朝も昨日のも、一体何なんですか」

 柳生はみょうじへの告白等のことについて仁王に聞いた。

「プリッ」
「誤魔化さないでください」
「…詐欺師の親切心じゃ」
「私はそんなお節介望んでいません。それに、あなたの場合は自分で楽しんでいるのでしょう」
「素直になりんしゃい。やーぎゅ」
「何のことでしょう」

 仁王は表情を曇らせた。柳生自身が本当に気付いていないのか、それともただはぐらかしているのか判断できないその態度に自然と眉間にしわが寄る。
 そんな仁王に柳生は心の中でため息をついた。彼のペテンにはほとほと呆れてしまう。

「まあええわ。けど、俺はみょうじのこと貰うけ」
「いけません」
「なんでじゃ」
「なんでもです」

 理由になっていない答えに仁王の表情はますます曇る。
かくいう柳生もみょうじのことを心配してこのようなことを言っているのか、それとも意固地になっているのかわからないのだ。

「詐欺師もお手上げじゃ」

 柳生と仁王は互いにため息を吐き出した。



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20120511
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