規則は守るためにある | ナノ
似非紳士



 昼休みになり、私は昼食を摂ろうとお弁当箱片手に教室を移動しようとしていた。

 すると、そこに同じ風紀委員の――。

「…柳生? 何かあったの?」

 柳生がB組にやってきた。どうしたんだろう、何だか表情が暗い気が。そんな風に思っていると柳生は私との距離を一気に縮めて、バッと私の手を掴んだ。
 ぞわわ、急に私の体に寒気が駆け巡る。

「みょうじさん、…好きです」

 柳生はそう言ってさらに強く私の手を握ってきた。ぞわわ、寒気が消えない。

 クラスの人たちは紳士柳生の言動に驚いて一瞬固まるが、すぐに教室の女子も男子もえぇ!? だとかきゃーなどと言って騒ぎだす。さらには他の教室の生徒までなんだなんだとB組に集まる。

 信じられない。柳生が私を好きだなんて。
 柳生と私は同じ風紀委員をやってはいるけど、どちらかといえばお互いに少しの遠慮――距離があったと思う。それは私の悪を許さない態度から来るものもあるし、柳生の優しすぎる物腰にもあった。確かに最近それらは緩和されてきてはいるけど…。
 そもそも柳生は何の前触れもなく、ただの教室で告白なんかする男だろうか。告白にはもっとロマンチックな演出をしてしまうような男だと思っていた。

 もしかして、こいつ

「ちょっと、待ってよ」

 ふつりと浮かび上がってきたある可能性に私はまさかと思い声を上げる。だが、柳生はそんな私の言葉を遮る。

「いいえ、待てません。私はいつもあなたを見ていました。あなたの風紀委員としての活躍は目を見張るものがありますし、規則を守らせようとするその姿勢…。あぁ、もう私の気持ちは止められません」

 感嘆の声を漏らし、真剣にそんなことを言い出したそいつによくやるものだと感心するが、そんなことより鳥肌が止まらない。まったく、急に告白を始めたかと思えばいけしゃあしゃあと好き勝手に。

「あんたね、いい加減に…――」
「やーぎゅ」

 私が柳生に文句を言おうとしていたところ、柳生の名前を独自のイントネーションで呼んで仁王が教室に入ってきた。そして、すたすたと私たちのもとにやってくる。
 対峙する形で向かいあった仁王はギロりと音がしそうなくらいに鋭い目付きで柳生を睨み付けた。そして仁王は私の手を握る柳生の腕を掴んだ。

 あれ、こんなこと前にも。

「お前が言うと、冗談も本気に聞こえるぜよ。柳生」

 ぎり、とさっきよりもより鋭くなった仁王の視線が柳生に突き刺さる。

 仁王の登場に教室は一気に静まりかえていた。修羅場とも言えそうな雰囲気の中、急に現れた仁王が冗談じゃなく本気で怒っていることに私は気付いた。

「……」

 柳生は何も言わない。

「遊びは終わりじゃ、似非紳士」

 仁王は柳生の手を無理矢理私から引き剥がし、自分の方へ私を引き寄せる。
柳生は手を軽くさすってから、眼鏡をくい、と押し上げた。

「バレていましたか」

 にっこりと笑う柳生に緊張の糸が切れ教室の空気は和らぐ。なんだ冗談か、とみんなが胸を撫で下ろし、野次馬たちは散り散りになっていつもの昼休みが教室に訪れる。
それを横目に私は仁王に握られたままの自分の手を見つめた。寒気は、しない。

「あたり前じゃ。あほう」
「少しは冗談も言えるようになろうと思いまして。些か度が過ぎましたね」

 空気は和らいだが変わらないことが一つ。それは、未だに仁王が柳生に対して怒っていること。口調の節々にトゲがあるし、何より私を守るかのように私の手を力強く握って離さない。

「みょうじさん、変なことを言ってしまい、失礼しました」

 柳生の丁寧に謝罪に私はああ、と適当に相槌をうった。そんな私の様子に自分の誠意が伝わっていないのかと判断した柳生は私の手に触れようとする、が、それは叶わなかった。

「…調子に乗るな」

 仁王が回りに聞こえない音量で低く言い、柳生を睨み付けてその手を弾く。

 柳生は一瞬、驚いてからにこやかな笑みを浮かべて、それでは、と一言いって教室を出た。




 いつの間にか、ご飯を食べていないのは私たちだけになっていた。

「…ありがとう。仁王」
「俺は別に何もしてないぜよ。…それよりみょうじ、一緒に飯食わんか」

 特に断る理由もなかったので仁王の誘いに私は臆することなく頷いた。





「ねぇ、仁王」
「なんじゃ?」
「あんた柳生でしょ?」
「え、」

 仁王もとい柳生は驚いて箸を止めた。

「何言って…」
「わかるよ。あんたが仁王じゃないことくらい。何年一緒に風紀委員していると思っているの」

 柳生は困り顔で、箸を置いた。

「――いつからですか?」

 仁王の姿で柳生は話し出した。表情は困惑していて、私に見破られたのが純粋にわからないみたいだ。

「変装した仁王が私の手を掴んだとき」
「つまり、私のことは初めからわかっていたということですか」
「というか、反射的に仁王に対してトリハダが出ただけなんだけどね」
「ではなぜ黙っていたのですか?」
「言おうとしたら、あんたが入ってきたんでしょーが。だいたい、日常生活での変装はあれだけやめてって言ったじゃない」

 ついこの間にも、仁王が柳生に化けて出たことがあった。その日の風紀委員の活動で私は柳生(変装した仁王)に違和感を感じ、普段よりも風紀委員の仕事がはかどらなかったのをよく覚えている。

 私は柳生のお弁当のたまご焼きを箸でつかんで口に入れた。甘い味に頬が緩む。

「……、今日の変装は今まで以上に精度を増したとのことで、仁王くんが朝からやりたいやりたいとうるさかったので仕方なく行ったんです」
「でもバレてんじゃん。ていうか、仁王どうしたのよ。いきなり告白なんかしだして」
「私にもわかりません。打ち合わせではみなさんにバレないように部活終わりまで変装を続けるということだったので…。仁王くんがここに来ること自体想定外なんです」
「ふーん…。こっちからするといい迷惑だよ。ほんと、おかしなやつ…」

 おかしいといえば、さっきの仁王に対する柳生の態度も変だった。

「ところで、柳生どうしてさっきあんなに怒っていたの?」

 柳生はにっこり笑って箸を手に取り、お弁当を食べ始めた。

「私は怒ってなどいませんよ?」
「でも、さっき仁王のことすごく睨み付けてたじゃない」
「そうですか? 私の目は元から鋭いですから、見間違いじゃないでしょうか?」

 律儀にお弁当の端から順々におかずを片付けていく柳生。その態度はまるでこの話をはぐらかしているようで。

「いや、やっぱりさっき柳生は…――」
「仁王ー!! てめぇ、俺のメロンパンどこやったァァ!」

 突如、教室に飛び込んできた丸井に私の言葉は遮られた。

「って、うおぃ! 仁王とみょうじが一緒に飯!? ありえねーだろぃ!」
「俺らは仲良しじゃもんなー」
「……、気まぐれだよ…」

 トリハダこそ立たなかったが、仁王になりきる柳生に少しだけ苦手意識が出てしまう。

「つか、俺のメロンパン! 仁王、どこだよ!」
「あー…それならさっき、柳生さんが持っとたのう」
「は!?…比呂士が?」
「おん、おいしそうなメロンパンですね、って俺の机からかさらっていったナリ」
「まじかよ。…おし、比呂士待ってろぃ!」

 食べ物のこととなると素早い丸井は颯爽と柳生(仁王)のもとに飛んで行った。

「…いいの?」
「いいんです」

 良い制裁なることでしょう。
 柳生は私のお弁当箱からたまご焼きをさらっていった。





「おもしろいものが見れたのう…」

 仁王は、ほくそ笑みながらメロンパンを口に入れる。
 一口、二口とメロンパンを食べるが、すぐに飽きてしまい袋を閉じてそれを茶髪のカツラのわきに置いた。さらさらの仁王の銀髪の毛が風に揺れる。

 先ほどの柳生の対応の仕方を思い出して、仁王はクツクツと笑う。

 きっとあいつは無意識で俺にキレとったんじゃ。面白いやつやのう。
 仁王は胸ポケットから眼鏡を取り出して空にかざした。

「早くしないと俺のものにしてしまうぜよ、やーぎゅ」

 詐欺師がにやりと笑う。




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20120503
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