「はーい、ちょっとそこの男子。今、手にあるものを寄越しなさい」
たまたま通りかかったC組の教室。その後ろの方に小さな人だかりが出来ていたから、何かある、と思って近づいてみれば案の定。
「校則でゲームの持ち込みは禁止になっています」
慌てて背中に隠したのをばっちりと見てしまった私は手を前に出して、早く渡すように催促をした。
「私が見逃すと思っているの?」
「頼むよ、これ取られたら俺…――」
「今回の没収は清水くん、あなたにとって今学期二回目の没収で、三年間に換算すると七回目。
あなたの家は一般家庭よりも裕福なため、取られる度にゲーム機及びソフトを買い直している。
――ちなみに、今影でこっそり抜き取ったメモリーカードもちゃんと提出しなさい」
「う、」
素行の悪い生徒リストに名前と顔写真が載っていたことを覚えていた私は今までの彼の経歴をつらつら述べてやる。清水くんは何も言い返せず、私にゲーム機を提出するしかなかった。
「放課後、生徒会室に来るように」
どんな校則違反だろうと、私は絶対に許さない。
清水くんに放課後必ず来るように約束させ、私はその場を後にした。
私が放課後生徒会室を訪ねれば、そこには柳がいた。
「ここ生徒指導に使いたいんだけど、平気?」
「今、資料をまとめているからある程度時間がかかってしまうんだが」
「ああ、柳さえ気にならなければそのままで」
「なら、そうしてもらおう。…お前の生徒指導にも少し興味がある」
「なんも面白いものなんてないんだけどなあ」
そう言いながら私は質の良い生徒会長椅子に座り込んだ。
「あの会長をこの席に座らせるのはもったいないよねえ」
「あれでも一応、会長だ。そう言うことは言ってやるな」
「生徒会長の癖に制服を着崩しているのが悪い」
「一理ある」
でしょー、そう言いながら私は本日没収したゲーム機を机に並べた。
「それはどうするんだ?」
「廃棄処分」
「校則の番人はやはり厳しい」
「私が厳しいっていうより、みんなが緩すぎるんだよ。校則って守らなきゃいけないルールなのにみんなが守らなすぎ。私は当たり前のこと言っているだけ」
「その当たり前のことを守れるのは、お前の強みだな」
いつも私は規則を守るのは当たり前のことだと考えてきた。当たり前、だから誰かに褒めてもらえる訳じゃない。ほとんど自分の自己満足で風紀委員をやっている。生徒の中には私のことを嫌っている人もいるし、この仕事はあまり生徒にとっては喜ばれない。だから柳に褒められたのが少し照れくさかった。
「ありがとう」
「こちらこそ。いつも学校の風紀を整えてくれてありがとう。生徒会としても、友人としてもお前は誇りだよ」
照れを通り越していい加減恥ずかしくなってきた。そんな時、とん、とん、と控え目に生徒会室のドアを叩く音が聞こえ柳が目を鋭く光らす。
「来たな」
「ごめんね、作業に戻ってくれて大丈夫だよ」
「そうさせてもらおう」
柳が資料整理を始めたのを確認してから、私は入って良いと伝えた。
「悪いけど、これは返せない」
そう伝えれば清水くんは顔をしかめる。彼が文句を言う前に私は口を開いた。
「なんなら、先生に提出してもいいんだよ? 義務はないから、私は提出しようとは思ってない。でも、あなたが校則に持ってきてはいけない物を持ってきたのが悪い。
私、何か間違っている?」
そういって清水くんをを睨み付ければ、し反省の色が伺えた。十分にお灸を据えたのでこれで良しとする。
「今後、また同じような事がまた起きた場合、もう私たちの手には負えないていうことで、先生へ訴えるので、気を付けてください」
話は終わりです、そう続けて清水くんには部屋を退室してもらった。
「柳、ありがとう。助かった」
「気にするな。…だが、気を付けておけ。風紀委員という仕事は恨みを買いやすい」
「そんなこと一々気にしていていた風紀委員は務まらないよ」
「お前は、もう少し女性らしくしたらどうだ。…まるで弦一郎だ」
女性らしく、だなんて。つい最近聞いたような話に私は何とも言えない気持ちになる。二度も注意を受けるのは嫌いだ。
「今朝、柳生にも言われた。あと、真田みたい、なんて私以外の女の子だったら傷ついちゃうよ」
「お前だから言ったんだ。お前が心の中で喜ぶ確率、98%」
確率高すぎだよ、と思ったけれどあながち外れてはいないので言及はしなかった。
「話は変わるが、最近、面白い話を耳にした」
「なになに?どんな話?」
柳の話す話だからきっと面白い内容か生徒会や風紀委員に関わってくる話なのだろう、私はそれくらいにしか思わないで気軽に聞いた。
「風紀委員に没収されたはずの私物が親を通して返ってくる、らしい」
「え、」
その内容に私は驚いてゲーム機を片付けようと動かした手を止めてしまう。
「それだけではない。没収されたというのでなく間違えて学校に持ってきたのを忘れていたという体で届くらしい」
不思議だな、とまとめ終わった資料を揃えながら私に笑いかける柳。すべてお見通しのようだ。一体どこからそんな情報を手に入れるのだろうかと感心すら覚えてしまう。
「…私は、いろいろな所にごみを捨てているだけだよ」
「フッ、ごみか。なるほどな」
柳は立ち上がり、机に生徒会室の鍵を置いた。
「まだ、残るか?」
「あ、…えっと、ううん」
「ふむ、弦一郎に報告されるのを恐れているな」
「する…よね?」
「いや、しない。俺は多少なら校則を破ってもいいと思っているからな」
「それは絶対にダメだよ!」
「ほう。ならお前の行動には矛盾が生じているぞ。
みょうじは校則の番人とまで言われているほどの、いわば風紀委員の鏡のような存在。
そんなお前が、陰で生徒の不正が先生や両親にばれてしまわないように試行錯誤している」
何も言えなかった。みんなの前では厳しく言っているのに陰ではいかにそれがばれないようにしている、それは風紀委員の私がやっちゃいけないことの一つで、他の風紀委員に知られたら白い目で見られてしまうようなこと。
「俺は別に責めている訳じゃない。風紀委員としては褒められたものではないが、人として誰かを思いやって自分を犠牲にするその行為はすばらしいことだ」
「でも、真田に見つかったら、鉄拳が跳んでくる」
「弦一郎も女子にはさすがに――…いや、ありうるな」
ふむ、と顎に手を置いて柳は考え込む、確率でも出しているんだろうか。あまり聞きたいとは思わないけど。
「とにかく、黙って見逃してくれるのはありがとう」
「ああ、構わない。ところでいつ頃返すんだ? それは」
柳は視線をゲームに移した。
「うーん、一週間後ぐらいかな。うまく彼と鉢合わせないように予定とか組まなきゃいけないからね」
「そうか、うまくやれるといいな」
「もちろんうまくやってみせるよ」
私は今までこうやって何度も自分の信念を突き通してきたんだ。へまをやらかすわけがない。
そんな余裕の私の言葉に柳は安心したように笑った。
「しかし、そう何でもうまくいくとは限らないさ」
そんな不吉な言葉を残して柳は一人生徒会室を後にした。
―――――
20120413