規則は守るためにある | ナノ
大切な預かりもの



 肌寒く感じる教室の温度に少しだけ身震いをした。スカートから覗く膝から下が寒い。斜め前に見えるマフラーとブランケットをぐるぐる巻きにして暖かさそうな仁王が恨めしい。

 そこから視点を下ろして自分の机の斜め上を見れば、質の良い紺色のハンカチ。小さな白い花の刺繍がしてあって彼らしいと思う。柳生が私に貸してくれたものだ。もちろん使用していない。というか口を拭くなんてできやしない。

 恨めしいのはこのハンカチだ。

 気を緩めても特に問題のない授業だったので私はそのことに意識が削がれていた。一応、見つからないようにこっそりと鞄の中からあるものを取り出す。

 包装用紙に包まれたそれは私が自分で選んで自分で渡そうと決めたもの。

 柳生への誕生日プレゼント。

 プレゼントがデートだなんて改めて考えてみれば、おかしな話だ。あの日は結局すべてにおいて柳生が代金を支払ったし、彼にとってはあまりプラス要素はないように思える。

 だからこそ、こうしてハンカチを選んで買ってきた。包みの中身は白地に深い緑の線が入ったハンカチ。あまり高いものとは言えないけれど柳生のために選んでみたから気持ちは伝わると思う。

 朝会った時にでも渡そうかと思っていたのに、トラブル多発でそれどころじゃない。柳生も気を落としていたし、今こちらから出向けば気を遣われるのは明白だ。

「はあ…」

 小さなため息は黒板をチョークが叩く音に消えていった。






「もーらいっ」
「ちょ、…!」

 授業終了とともに伸びて来た手に私の机の上にあった小さな包みが取られる。

「なんだこれ食いもんじゃねーの?」

 丸井は軽く振って中身を確かめると興味がなくなったのか私に返した。

「やめてよ。大切な物なんだから」
「授業中にじっと見つめていたから腹でも減ったのかと思ったじゃねーか」
「丸井じゃあるまいし」

 丸井はつまらなそうにあーあーと大袈裟に声をあげた。

「あ、」
「なに?」
「比呂士」
「…は?」
「いや比呂士がさ、 すんげえ落ち込んでてさ、さっきのみょうじみたいにため息ついてたんだよ」
「へえ…」

 思い当たる節しかないので思わず目を逸らす。丸井は気付かずに話を進めた。

「んでさ、ところてん買ってきたんだよ。さっきコンビニで」
「え、登校後のコンビニでの買い物をしたの…?」
「お、怒るなよ…? 校則では買いにいくなとは書いてねーし。それに比呂士を元気づけるためだかんな」
「うーん。まあ確かに」
「だろぃ? じゃ、みょうじ! あとは任せたぜぃ」

 丸井はぱっと私にところてんが入っているらしき袋をを押し付けた。

「な、何で私が…」
「悪ぃけど俺これから後輩指導で忙しいから!」
「だったら部活で会うんだから柳生に直接渡せばいいじゃない!」
「だって今日は風紀委員会だろぃ? 柳生と真田は部活欠席するつってだぜ」

 そう言われればそうだ。今日は後期の一時報告として急遽会議の場が設けられた。

「頼んだぜー」

私は柳生にところてんを渡す使命を授かってしまった。





「これでいいのか?」
「ん、どーも」

丸井は廊下で壁に背を預けていた仁王に声をかける。仁王は満足そうにところてんの袋を確認するみょうじをその場から盗み見た。

「自分で行けよなーったく…」
「今のあいつは俺に対して警戒心がバリ3じゃもん」
「そりゃあ、あんなことすりゃーな」

 朝の出来事を教室の窓からすべて見ていた丸井は仁王を小突いた。

「俺が比呂士ならお前のことぶっ飛ばしてるぜぃ」
「俺もそんぐらいされる覚悟じゃったぜよ」
「…比呂士甘ぇな」
「ちゅーより、あいつは自分の不甲斐なさを悔いてるようだったのう」
「損するよな、比呂士の性格は」

 そう言う丸井に仁王は静かに頷いた。

「だから、誰かが何とかしてやらんといけないんじゃ」



(20130315)
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