「のう、みょうじ。今日が何の日かお前さん知っとるか?」
「ハロウィンの12日前」
「なんじゃ、知っとったんか」
わざとらしく意外そうな顔をして仁王はにやりとした。
「3年間も一緒に風紀委員をやっているからね」
「でも、今年はひと味違った誕生日になるじゃろう?」
「何でよ」
そう聞いてはいるものの答えなんて明白だった。ため息がこぼれそうになるのを寸でのところで留めた。
「柳生がみょうじに片想いして初めての誕生日じゃ」
何もしなかった時の柳生の寂しそうな顔が簡単に想像できた。
*
私が柳生に出来ること
それはたくさんある。何か物をあげたいけれど、生憎準備なんてしていない私にはあげられる訳がない。
準備はしなかったというよりも、出来なかったという方が正しいかもしれない。
柳生の誕生日が間近に迫っているにも関わらず、私は何をするかということに考えを巡らすばかりで、ずるずると今日まで考えあぐねていた。
柳生ならおめでとうって言うだけですごく喜ぶ。なんてのは多分本当で、覚えていただけでも大袈裟に感謝されそう。
でも、そんなの私が許せない。
私のために体を張ってくれた柳生。そんな彼の想いに答えず、長らく保留を決め間だ私。日々の感謝も込めて、誕生日くらい何かをしてあげたい。
「ねえ、柳。私、どうしたらいいかな」
迷った挙句、私が助けを求めたのは柳だった。
私の考えを一通り柳に話した所で、私は彼の返答を待つ。
「ふむ。そうだな…まずは、一緒に昼休みを過ごしてやれ」
「“まずは”?」
「そうだ。その後は、放課後に二人で勉強するか、どこか寄り道をして帰るといい。…もちろん、門限ギリギリまでな」
「何それ。それじゃあまるで…」
柳の言う事は、普通、私たちみたいな曖昧な関係の人たちがするべきじゃない。
「みょうじが柳生に1日デートをプレゼントしてあげればいいんだ」
簡単なことだろうと柳は言って文庫本へと視線を戻した。
「無理だよ。それは柳生に変な期待を持たせることになる」
「そのことの何がいけない?柳生は喜ぶだろう」
「私はまだ明確な答えを出していないのに、そんなのずるいに決まっている」
「なら、答えを出せばいい」
柳の言葉に私は的を当てられたような気持ちになる。そんなの、出来ていたらとっくにやってる。
眉間にしわがよってしまう。こんな優柔不断な自分が許せなかった。
そんな私を見かねてか柳は優しく声を出した。
「俺も無理に答えを出せと言っているんじゃない。
好きな人と過ごせる誕生日はたとえ付き合っていなくとも喜ばしいものだ。…お前は友達として柳生と向き合えばいい」
柳の薄く開いた目が私を慰めるかのように見つめていたいた。
「精市には俺から伝えておく。幸い全国大会を終えた今ではもう後輩指導しかしていないからな。柳生が今日ぐらい抜けても大丈夫だろう」
「柳、ありがとう」
「気にするな」
*
「今日はまた珍しいですねえ。あなたからお昼を誘ってくれるなんて」
心地よい季節になりましたねえ。ゆるりと笑う柳生に私は真意が伝わらないように冷静を装う。柳生の言う通り、屋上には程良い秋風が吹きこんでいて、もう夏の暑さは面影すらなかった。
「たまにはいいじゃない」
「ええ。とても、嬉しいです」
柳生は最後の言葉をゆっくりと、喜びを噛み締めるように発した。それが、余計に今日という日を意識させた。きっと柳生は私が誕生日だから誘い出したんだって気付いている。
「あのさ、」
私の呼び掛けに柳生は顔を私の方に向ける。視線が集まるのがわかったけども、私はお弁当に目を向けたまま。
「今日放課後暇?」
秋晴れの静寂の中、自分の言葉がはっきりと聞こえる。今、私は柳生にデートのお誘いをしているんだ。耳が熱くなる。そんな、今更意識するようなことじゃないのに。
少しの間があってなるほど、と納得した声が耳に入る。何のことかと顔を向ければ、微妙な顔をした柳生。どうしたの、と早口に聞く。すると柳生は僅かに微笑んだ。
「先程、柳くんに、今日の部活は参加しなくて良いと言われました」
「……そう」
「すべて彼の仕業なのですね」
「別に、そういうわけじゃ…」
「もちろん、わかっています。大方、柳くんから何か助言をお願いしたのでしょう」
的を得ている柳生の言葉に私は何も言えない。柳生は大切な友達なのに、誕生日に何にも考えていなかったなんて、最悪だ。
「素敵なプレゼントをどうもありがとうございます」
「え…?」
柳生は予想に反して、私に謝辞を言う。柳に言われてやったことだと気付いている筈なのに。
「何を驚いているのです。理由はどうあれ、意中の方からのお誘いに喜ばないはずがないでしょう」
「い、意中って…」
好きだと言われるよりもこそばゆい。
「嘘は言っていません」
きっぱりと言い切る柳生。隣同士というこの距離がすごく近く感じる。恥ずかしい。顔が、熱くなる。どうして私が柳生にどぎまぎされなきゃならないの。
そんな私を知ってか知らずか、柳生は楽しそうに笑う。ますますここから逃げ出したくなった。
「ああ、すいません。そんなに縮こまらないで。…とっても可愛らしい反応が見られて私も舞い上がっているのでしょうか。すごく笑いたい気分なんです」
「意地が悪い」
必死の反抗も柳生にとってはまったく意味をなさない。
「そうです。私は好きな方はいじめたくなるタチなのです。これから新しい規則を作っていくのでしょう?慣れてもらわないと…」
新しい規則
あの時言った言葉を柳生はまた掘り返す。あれは、風紀委員として頑張って行こうって意味で言ったはずなのに、いつの間にか意味をすり替えている。
「あ、あんたね!誕生日だからって調子のらないの!」
「はいはい」
「ばか!」
「…今のあなたからの言葉でしたら、どんなものでも嬉しく感じられます」
嬉しい
当初目指していたこと。柳生にそう思ってもらうために私は柳生をデートに誘ったんだ。どうやら、それはそれは大成功なようで。柳に心の中で感謝した。
「……それじゃあ、どこ行くのよ?」
私はふふと笑い交じりに柳生に問いかける。
「そうですね…放課後に寄り道というのはあまりしたことがありませんでしたから…一般的な中学生の遊び、というものを経験したいです」
「私も…寄り道なんてあんましたことないや」
「…そうでしょうね。では、二人でぶらぶらと街を回ってみましょうか」
「そうね」
今日の放課後、一体どうなることやら。
「あ、」
「どうかしましたか?」
「大事なこと忘れてた」
何よりも大事で、言わなくちゃならないこと。
「柳生、誕生日おめでとう」
ぽかんとした表情ののち、ぱあと花開いたよう柳生の顔が綻ぶ。
「ありがとうございます、――なまえさん」
心地よい声が優しく私の名を口にしていた。
―――――
20121019
比呂士くん誕生日おめでとう!!