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罠の中に見つけた感情



「あなたは仁王くんですか? それとも柳生くんですか?」

間をとって真田くんですか?

そう付け加えられて、思わず私は声を出して笑ってしまった。間、というのも気になりますし、そもそもその間が真田くんとはどういうことなんでしょう。

私は今仁王くんに変装して校内へと仁王くんの忘れ物を取りに行っている。
なぜ、私が仁王くんの忘れ物を取りに来ているかというと、仁王くんが皆さんの前で「そういえば、仁王くん。君は数学の宿題のノートを忘れているのではありませんでしたか? 取りに行きたまえ」なんて、私の姿をした状態で言われてしまい、まんまと彼の詐欺に引っかかったから。仁王くんのペテン行為は試合の時は有能だが、こういう時に使うのはいかがなものである。

そして今私に質問してきている彼女――みょうじさんはB組の生徒で、今は仁王くんのクラスメイト。去年は私と同じクラスで席も近くになったことがあり、仲は良かった。ただ、クラスが変わってからはほとんど関わりがなくなってしまっている。ちなみに、一年の時、彼女は真田くんと同じクラスであった。

「お前さんはどっちじゃと思う?」

少しの悪戯心で仁王くんのフリをし続ける。

「んー…あなたは…柳生くん?」

だがあっさり当てられてしまった。

「……、どうしてそう思うのですか?」
「あ、やっぱり柳生くんだ」
「どうかのう。今のもペテンだったらどうするんじゃ?」
「えー、絶対柳生くんだよ」
「その根拠は?」
「だって仁王くんと私話したことないもん」
「…それじゃあ、根拠にならないナリ」
「今のあなたと話していると、なんていうか、一年前を思い出す? みたいな感じ。初めて話す人にこんなこと思わないよ」
「あなたには敵いませんね」
「やっぱり柳生くん。ほらね、私の当たり」
「えぇ。大正解です」

ふふふ、とクイズに正解した子供のように喜び顔を綻ばせるみょうじさんに、変わってないな、と思った。同じクラスだった時も小さなことで逐一喜び、他人の幸せも自分の幸せも最大限に表現できる楽しい人だった。

「今は部活中なの? だから仁王くんの変装? あれ、でもどうして柳生くんがB組に?」
「まあ、一言で言ってしまえば、ペテン師に騙された、といったところでしょうか」「あらら、それはお気の毒に」
「いえいえ、いつものことですから」

何だかおかしな会話にどちらともなく笑ってしまう。

「柳生くんと話しているのに格好が仁王くんだから変な感じ」
「そうかもしれませんね」

私は苦笑いを浮かべて、仁王くんの机に向かった。中を覗けばあまり使われていなさそうな数学のノートがぽつんと入っていた。


「ああ、宿題出てたもんね。仁王くんにお使い頼まれたんだ」
「そういうことになってしまいますね。ところであなたはどうしてここに?」
「私? 私は先生から雑用頼まれて作業していたの。それで今は休憩中」

彼女の視線の先を覗けば大量のプリント。横にホチキスが置いてあるのを見るとどうやらこのすべてを留めなければならないらしい。

「そうでしたか。私に時間があれば是非ともお手伝いしたいのですが…」
「いいの、いいの。どうせ帰っても暇だし。私、こういう地味な作業嫌いじゃないの」
「……、珍しいですね、そんなこと言う方がいらっしゃるとは」
「こういう作業もね、明日になって使われる時に、ああ、これは誰かのお蔭でまとまっているんだなぁ、とかって一人でも思ってくれたりするかもしれないでしょ? それにもし誰も気づかなかったとしても全部私が留めてやったんだぞ! ってちょっとだけ優越感に浸れるし」

そういいながら椅子に座りなおしたみょうじさんは、パチンパチンとホッチキスを動かしだした。

私は彼女のこういうポジティブなところが好きだった。なんにでも前向きで、嫌な顔一つしない。しかも見返りを求めない謙虚さも持ち合わせている。とても素敵な方だ。

「では、私がそのプリントを使うときにあなたに感謝すると致しましょう」
「……、柳生くんは優しいね」
「お褒めにあずかり光栄です。これでもジェントルマンという通り名がありますから」

仁王くんに野暮用を頼まれてしまったときは正直うんざりしていたが、こんな運のいいことがあったからまあ良しとしましょう。

「柳生くん」
「なんでしょう?」
「また、お話してくれる? 前みたいに」

みょうじさんは机の上で作業をしながら、つまり私の方を振り向かないでそう私に尋ねた。

「もちろんです。何も遠慮することはありませんよ。私も…また話しかけてもよろしいですか?」
「うん、…ありがとう」
お礼を言われることではありおませんよ、そう言おうとして口を噤んだ。もしかしたら、今のお礼は先ほどの彼女への賛辞への感謝の言葉かもしれない。そう思えたから。

「では、また今度」
「うん、またね」



部室に戻れば仁王くんが手をひらひら振りながら、遅いのう、なんてニヤニヤしながら言うものだから「何ですか」と強めに聞いてしまった。

「べっつにー? その様子じゃなーんも進展がなかったようじゃのう」
「…仁王くんまさか…!」
「プピーナ」

仁王くんはひょろりと立ち上がり、私の手からノートを抜き取ると乱暴に自分のカバンに押し込んだ。

「これでもペテン師という通り名がありますから」

私の声マネをして、にやりと口元にきれいな三日月を描かせた彼は自慢の襟足を楽しそうに揺らしながら私に文句を言わせる間もなく部室を出ていった。

仁王くんが出ていってから、これがすべて彼の策略だとしたら、もしかして、いやもしかしなくてもみょうじさんのあの作業も仁王くんによって仕掛けられたものなのではないかと考えた。
一本取られてしまった私は最後の彼の策略にも乗ってみることにする。

「部活が終わったら私も手伝いに参りましょうかねえ」

少し緩む頬には気づかない振りをした。




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20120330
20120407.タイトル編集

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