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夜空色



「冬だねえ」

呑気にそういう声を前も聞いたことがあったな、と仁王は思った。いつだっただろうか。

「仁王、寒くない?」

「へーき」

「えー」

「何じゃ、その反応」

「あははは」

意味なく笑い出すなまえにため息をついた。はあと吐き出した息が白く染まる。もう冬だった。

幼い頃は学校に向かう途中で、はあーと息を吐き出しては白くなる日をまだかまだかと楽しみにしていた。あの頃はまだ若かった、というほど自分が老いてしまったわけではないが、あの頃の純粋さは欠片もなく、寒さにも随分と弱くなってしまったなと柄にもなく仁王は感傷に浸った。

未だ笑い続けるなまえを無視して、少し歩くスピードを早くすれば、慌てたように駆け寄ってきた。

待ってよ!とど突かれたのは頂けない。なまえの持っている紙袋ががさりと音を立てた。

「…お前さんがバカ笑いしとるからじゃろ」

「バカ笑いじゃないし!上品な笑い方だったでしょーが」

「それ、柳生の前で言うたらめっためたにされるぜよ?」

柳生の冷たい視線を想像してか、なまえは頬を引きつらせた。

「ね、ほんとに寒くないの?今日、結構寒いよ?」

「さむーないさむーない」

「…、」

「ほれ、早くせんと学校遅れるぜよ?テストなんじゃから遅れるわけにはいかん」

「…うん」

先ほどの勢いはどこへやら。なまえはすっかり沈んでいた。わかりやすい反応に仁王はこっそりとほくそ笑む。

今日は冬に入って一番の寒さだった。

仁王が首元にいつも着けている指定のマフラーは今日は鞄の中に突っ込んである。理由は柳からの助言が関係している。正直あまり信じてはいなかった仁王だったが、ちらりと見えた事実に当たるものだなと感心した。

テスト期間中の今は、教師たちも受け持ちの教科で忙しいため、校門で待ち受けている者はいない。それはもちろん、風紀委員にもいえる。

そういう特別な期間だからこそ普段は許されない自分なりのオシャレを楽しむやからが特に女子に多い。

指定外のマフラーを着ける者も少なからずいる。

「…やっぱ朝は冷えるのう」

ぱっとわかりやすく輝いた顔に、仁王は顔を緩めないように注意しながら向き合った。

「前言撤回じゃ。やっぱさむい」

「そ、そそそうでしょ!!やっぱりそうでしょ!?」

「おん。言うてもマフラーわざわざ取り出すのも面倒いし……」

「あ、じゃ!仁王!私、いいの持ってる!」

「ふうん?」

なまえは紙袋の中から群青色を取り出した。

「これ!マフラー!素敵な色だと思って!仁王に似合うと思うの!」

「おお…暖かそうじゃのう」

大袈裟に驚いてみてはいるが、殆ど仁王の本心だった。太い毛糸で編まれたそれは仁王の好きな青色で、アクセントにペールブルーとアイボリーの細い毛糸が編み込まれていた。濃紺の青に映えるその二色は夜空に散りばめられた星のように見えた。

「着けてええ?」

「うん!」

受け取ったマフラーを仁王は身につける。深い青で視界が埋め尽くされ、冬の空気を肺に取り入れる。居る場所はさきほどと何ら変わらないというのに不思議と新鮮味を感じた。にやける頬はマフラーできちんと隠した。

「あったかいのう…」

「あ、それ、仁王にあげるね。ほら、今日って…――」

くしゅん

言い終わらないうちに目の前で小さなくしゃみがもれる。一瞬二人の間の空気が動きが止まり、そのあとすぐにあははと照れくさそうにはにかんだなまえにそれは崩された。なまえは開けていたワイシャツの第一ボタンをきっちりとしめる。

"みょうじがプレゼントに気を取られ、自分のマフラーを忘れる確率…――"

昨日柳が言っていたことの的中率に苦笑いしながら仁王は鞄の中から自分のマフラーを取り出した。

「寒いじゃろ。ほれ」

ぐるぐるとマフラーを首に巻いてやってから、仁王はなまえの左腕を手に取りその腕時計を確認した。少し、急がなければならない時間だった。

そのままなまえの左手を掴んで仁王は早歩きで歩き始める。ちょっと!?とキョロキョロし出すなまえに一瞥をやってから仁王は顔を前に向けた。

「テスト期間中、こんな時間に来るやつはそうおらんよ。急がんと、本当に遅刻じゃ」

「う、うん」

「…なまえ」

「なに?」

仁王は唐突になまえが言っていたことを思い出した。

"春だねえ。
…仁王の嫌いな寒い冬が終わって、もう春だよ。春はいいよねえ。私春好き。あ、でも私冬も好きなの。
そうだ仁王。今年の冬は私が寒くならないようにしてあげるね!期待してて!"

(そうか、このマフラー)

きゅっとマフラーを握り込む。毛の触れ心地が快い。

一体どれほどの期間準備に取り掛かっていたのか、仁王はその月日を考えただけでまた暖かくなった気がした。

「ありがとうな」

恥ずかしいので振り向きはしない。なまえも突っ込んでそれを聞くほど仁王と付き合いが短いわけではないので、野暮なことは言わない。

群青色のマフラーは仁王にとても似合っていた。仁王の銀髪が青の中でふわふわと揺れる。

「どういたしまして。
それと…仁王、誕生日おめでとう」


何だか当初の計画とだいぶ狂ってしまったが、結果オーライだしまあいいかとなまえは結論付けて、二人は予鈴が鳴るぎりぎりの校門を幸せそうに通り抜けた。




(20131204)
Happy Birthday to Masaharu Niou!

立海マフラーは買いですよね〜〜
予約しちゃいますよね〜〜受け渡し3月とか実用性皆無ですよね〜〜



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