グリーンアップル香る午後。教室で忙しなく動き回る赤をぼんやりと見ていた。
「よっ! お前の作ってくれたカップケーキおいしかったぜい! 中に砕いたアーモンド入ってたよな? あれナイスアイデア!」
一人一人にわざわざお礼を言ってお返しをする丸井はとても律義だと思う。
お返しは彼が大好きだと公言するグリーンアップル味のガム。さすがに手の混んだお返しはバレンタインデーに大量のお菓子をもらった丸井には難しいみたいだ。
「おいこらそこのなまえ!お返しよこせーー!」
「ああ、ウン」
クラス全員に配り終えた所で丸井は私のところへやってきた。そう、私は数少ないバレンタインデーに丸井から手作りお菓子を貰った女子生徒。3年間もクラスが同じとなれば貰えるのも当然となってくる。
「はい、ムースポッキーと極細ポッキーと普通のポッキー」
どん、とポッキー三連発をお見舞いしてあげて、私はカバンからもう一つポッキーの箱を取り出して立ち上がった。
「は、え? これだけ?…つーかどこいくんだよぃ?」
「え、ポッキー三箱で十分でしょ。…私はこれからホワイトデーをポッキーと共に友達と祝ってくるつもりだけど…」
そう言えば丸井は心底呆れたようにため息を吐き出した。私はむっとしてしまう。なによ、ポッキー三連発のどこが不満なの。
「ふつー女子なら手作りが基本だろい?」
「いやだな。世の一般常識を私に当てはめないでよ。だいたい手作りお菓子なんてバレンタインの時にあんなに作ったんだからもう勘弁して」
「は? お前バレンタイン手作りで何か作ったのかよ?」
「…あ。やべ、まずった」
うっかり口を滑らしてしまった私は丸井から目を逸らす。ああまずいばれちゃった。
「マジかよ!? お前があん時何も持ってないつーから俺は大人しく引き下がったつーのに!」
「あー…いやえっと、これにはふかーーいわけが…」
「あ?」
「――ごめんなさい純粋に渡すの渋っただけです」
「はあ!?」
「やべ、またまずった」
正直に話すのもあまりよくない。丸井が私を穴があきそうなほどに睨みつけてくるので、そっと機嫌を伺うようにして私は丸井を見た。
「いやだって、丸井、私が渡す前にあんなどえらいケーキ渡してくるんだもん。私のしょぼクッキー渡せるわけないじゃない」
「それでも俺は欲しかった!!」
「ごめんって」
「そう思うんだったらせめて今日手作り寄越せよ!」
「…て、てへ?」
「きめえ」
うっと詰まりながら私はうな垂れる。わかっているよ。負い目を感じたからこそポッキー三箱にしたんじゃない。
ちらりと丸井を見れば仁王立ちで睨みつけてくる。私はそれに若干怯みながらおずおずとある提案をした。
「きょ、今日うち来る?」
「え?」
「あ、えっと。材料ないこともないから、すぐ作れるかなって思って。いや、丸井が忙しかったら別にいいんだけど」
「行く」
「え」
「俺が満腹になるまで作ってもらうかんな」
丸井はふんと息を荒立たせてから、ニカッと笑った。その笑顔が何だかかっこよく見えて私は惚けてしまう。
丸井、実は口を滑らさなかったことが一つあるんだ。それは、丸井に手作りを渡せなかったのは丸井の出来の凄さに驚いただけじゃなくて、直前になって怖気付いたからなんだ。そして手作りクッキーは私が涙を流しながら胃の中に押し込んじゃいました。ごめんね。
「私! おいしいの作る!」
「おう。期待してんぜ」
赤いグリーンアップルが優しく微笑んだ。
「…?…どうしたんですか仁王くん、そんな微妙な顔をなさって」
「おー…柳生か。…いやのう。あそこの二人がもどかしくて」
「あれは…丸井くんと……」
「ほれ、丸井がよく部室で話しとるやつなり」
「ああ。あの方が。…何か進展はありそうですか?」
「今日やっと放課後デートするみたいじゃ」
「おや。それは大きな進展ですねえ」
(詐欺師と紳士は密かに笑う)
(20130318)
ホワイトデー遅刻でも書いたから問題ない。
prev next