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没落紳士



!閲覧注意!
努力家の没落の続き
相変わらず暗い。若干の露骨表現有り










定期的に行われる習慣というのは、どんなことでも慣れてしまえば辛さなど感じない。昔読んだ本の中にタコは住んでいる水温の環境を徐々に上げていけば、たとえ80℃の湯の中でも生きていける、そう記してあったのを柳生はぼんやりと思い出した。ぼんやりしているのは、この行為のせいであろうか。柳生はゆっくりと目を瞑る。そして思う。しねたらどんなに楽か。

柳生の首を絞める力が強くなる。





「何で、逃げないの?」

なまえにとって柳生がこの行為に文句を一つも言わないことは甚だ疑問だった。柳生が痛みに興じるマゾヒストだとは考えられなかった。

「特に理由など…断る理由がなかったものですから」
「狂ってるわ」
「あなたに言われたくなどありませんねえ」

柳生はひらりと質問をかわす。理由を悟られないように。




柳生がなまえに初めて言った言葉は本心だった。

「あなたとは相入れないと思います」

なまえを見た瞬間柳生はそう感じ取った。だからついそんな言葉が口を出る。普段なら相手を気遣い、本音など中々語らない柳生だったが、なまえには素直にそんな言葉を言ってしまっていたのだ。

覚えている。傷ついた表情、そしてそれを隠すべく浮かべた淡い笑み。柳生がそれを後悔しないわけがなかった。生理的に無理といっても、人を、ましてや女性を傷つけるなど、柳生にとっては論外。

だからこの行為を甘んじて受け入れている。
なまえが満足するまで、ずっと、柳生は続ける気でさえいた。

今悟られるわけにはいかない。





友人仁王は柳生の首元を見つめる。
痛々しいというほどではないが、やはり目立つ包帯。柳生はアレルギー性のかぶれだと言っていたが、仁王はそれを信じていない。
そしてその疑いは、昨日の空き教室での出来事を目の当たりにして確信に至った。

仁王は柳生に興味がある。もちろんパートナーとしてもだが、柳生の考え行動には仁王自身と反するようで合致している。だから仁王は柳生のことを観察する。

最近柳生の回りで見かける女子生徒がいた。学年で柳と並んでトップの成績。学校でのスポーツ大会でも好成績。文句なしの優等生。けれど柳生はその人物を嫌っていたはすだ。

そんな二人が空き教室に入ったのを仁王は見かけた。まさか柳生に限って、女子生徒と淫行などしているはずはないと思ったが、使われていない空き教室に身一つで入っていったことが気になった。仁王は見つからないように二人を追いかけた。

だが見つけたのは想像以上のおもしろいこと。

――柳生に馬乗りになり、その首を絞めるなまえの姿。

仁王が掴んだネタは予想以上にいい獲物だった。




それからしばらくして仁王はなまえを呼び出した。

「何?」

貴重な時間を割かれたなまえは機嫌が悪い。そもそも自分が仁王に呼び出される理由などまったくもって検討がつかない。

「空き教室で随分と楽しそうなことしとったのう」

それが何を意味しているのかわからないなまえではなかった。ひくりと喉が鳴る。
くしゃりと歪んだなまえの顔を見て仁王はにやりと笑った。

「バラす気?」
「まさか。柳生が退学にでもなったりしたら俺が困る」
「じゃあ、私を揺するの?」

弱い立場にありながら、なまえはまったく物怖じしない。
仁王は作り笑いを浮かべ、なまえを制する。

「そんな怖い顔しなさんな。俺はただお前さんにも興味が出てきただけじゃ」

なまえの眉に力がこもる。こんな弱みを握られるなんて想定外だ。

「なんであんなことしとるん?」
「…ああしないと、気持ちが落ち着かないの」
「狂ってとるのう」
「あいしているだけ」
「ふうん」

仁王は愛という重みのないなまえの言葉に内心笑う。表情に出さなかったのはなまえの顔があまりにも真剣だったからだ。

「なあ、俺が…いや…――私が柳生の代わりをいたしましょうか?」

柳生に成りすました仁王がなまえにぐいと顔を近づける。相手の息がかかるほどの距離まで仁王が近づいた時、激しく鋭い音が教室に響き渡った。

「やめて」

仁王の顔を平手打ちしたなまえはしれっとそう言いのける。

おもしろい反応だと仁王は思った。容姿端麗な自分の申し出を顔を赤らめることすらせずに、平手打ちのおまけ付きで突っ返してくるとは。

「私があいしているのは柳生だけ」

なまえの瞳は仁王を見ていない。
憐れな女だと仁王は思った。なまえのあまりの心酔ぶりに仁王の興味はもうすでに薄れてきていた。





また、首に手がかかる。
じきに襲ってくるであろう痛みに柳生は目を閉じた。

綺麗な瞳が瞼の奥に隠れてしまったことをなまえは残念に思った。目の前の男は睫毛が長い。

手を、包帯の外れた首にぴたりとくっつける。自分の短く切りそろえられた爪がやけに目立って見えた。首に前回の跡が薄らと残っていた。

あいしているの

いつも言い訳に使う言葉を心の中で唱える。

あいしているから、これはいいの


『狂っとるのう』


響く嫌な奴の声。私の何がおかしいの。私は彼を、あいしているだけ。

なまえは息を大きく吸った。




襲ってこない痛みに柳生はどうしたのかと瞼を開く。――そこには驚くべき光景が広がっていた。

「どうして…あなたが…泣いているのです…?」

琥珀色が何故ですと目の前のか弱く見える少女に小さく訴えかける。柳生はただただ困り顔を浮かべるばかり。なまえの涙など見ることになるとは思っていなかった。

なまえはやはりおかしくなっていたのだ。

「もうやめよう、こんなこと」

普通に愛されたいと思っていたのだから。




――――――
20121008
続きました

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