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 魂が結ばれている相手がいる。

 そんな言葉が彼の中で駆け巡っていた。それに対する答えがあるはずもないなに、彼はいつも古ぼけた絵姿を見ることしかできない。

 素人が描いたのだということが一目で判る稚拙なタッチ。だが、そこには溢れんばかりの愛情がこめられているのも間違いない。幸せそうに微笑んでいる女性に向けて、彼はいつもと同じ問いかけをぶつけることしかできなかった。

「母さん、あなたは幸せでしたか?」

 絵姿の相手がそれに応えることなどできるはずもない。ただ、幸せそうな笑みを口元に浮かべるだけ。それを見ることしかできないというのに、彼は同じ言葉を繰り返すことしかできない。

「母さん、あなたは幸せだったんでしょうね。そのことは俺も覚えている。でも……」

 そう呟くなり、彼は傍らにある鏡に目をやっていた。そこに映っているのは端正という言葉が似合う若者の顔。何よりも印象的なのは、深い闇夜を思わせる黒い瞳だが、そこに浮かぶのは夜の闇だけではない。黒に負けないくらいに自己主張する紅が光の加減で浮き上がる。そのことに気がついたのか、彼は急いで鏡から視線を外していた。

「母さん、どうしてこの色が瞳に出てくる? これさえなければ、俺は普通に生きていけただろうに」

 嘆きの声だけが深くなっていくが、だからといって変わるものではない。彼もそれを知っているのか大きく息を吐くと紅を宿す瞳を閉じていた。その瞼の裏に一人の少女の面影が浮かんでくる。それを意識した途端、彼はカッとばかりに目を見開いていた。

「あいつ……あいつは一体、何だったんだ? ただの女であるはずがない。絶対に、あいつはいてはならない存在のはずだ」

 絞り出すように出てくるのは口惜しさすらにじませる声音。無意識の内に拳を握りしめた彼は、唇をギリギリと噛みしめていた。

 そのあまりの力の強さにか、赤く細い糸が口元を伝っていく。しかし、彼はそのことも気にならぬほど、何かを考えているようだった。

「あいつ……見た目は普通の少女だったんだがな。だが、見た目通りの存在であるはずがない。いや、見た目だけなら美少女といっても問題ないほどの容姿だったかな?」

 ぶつぶつと口の中で呟きながら、彼は先日のことを思い出していた。その時に目にした一人の少女。彼女の放つ圧倒的ともいえる存在感に、彼はある意味で気圧されたともいえるのだった。



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