数十年に一度、海と空が荒れ続けると、やがて奇妙な花が咲く。
若い人間の首筋に現れし紅き花。それは水神様の花嫁に選ばれた証。
村の存続の為、贄(にえ)を飾り、海に捧げ続けた村があった。
腹に響く太鼓や、澄んだ鐘、かん高い笛ら陽気な音色を、かき消すぐらい賑やかな人々のざわめき。
一見楽しげな祭にしか思えないが、よく聞けば子供の声はなく、どれも緊迫感に満ちたもの。
この祭はただの祭とは一線を画している。決して失敗することを許されない、重要な供物を捧げる為の儀式なのだ。
水神が花嫁と見初めた証、首筋に花型の痣(あざ)を持つ娘を。
「梓(あずさ)、お前は村の皆の誇りよ。水神様の神殿で幸せになれるんだからありがたいことね」
信仰に愚直過ぎる母はそう語りかけながら、選ばれた娘を飾り立てることに余念がない。
(そうかもね。私が死ねばしばらくは海が荒れなくなるもの。それにここで死ななくても、いずれ人買いに叩き売られるのよね)
白い婚礼衣装に身に包んだ梓は、皮肉げな思考に相応しい表情で、化粧が終わるのを待っていた。
紅を塗られた唇が白い顔を艶やかに彩るものの、ひどく冷淡な眼差しが花嫁にしてはちぐはぐ。
なまじ愛らしいと誰もが認める顔立ちの少女なだけに、見る者たちに強い違和感をもたらした。
彼女の思う通り、例え花嫁の印が出なくても遅かれ早かれ、この村から出て行かねばならなかったはずだ。
天候に一喜一憂する貧しい漁村で、長い間漁に出られない状況が続いたら何が起きるか。
まずは口減らし、である。
跡取りの長男は除くとして、他の子供達は無惨なものだ。
特に家督権のない娘は、時折山向こうからやってくる人買いが連れて行き、二度と消息はわからない。
梓は末の娘としてかわいがられてはいたが、それでもやはり運命は逆らえぬはず。
三月も前、すぐ上の姉を連れて行った男は、懸命に貝の中身を取り出している梓を見て「あれはいい女になる」と下卑た笑いを浮かべたものだ。
それが何の因果か、水神に見初められ、彼女は今宵の祭りの主役としてこれから死ぬ。
荒魂を沈め、海に平和をもたらすための供物として。
篝火(かがりび)が暗い海をゆらゆらと赤く照らし出す。もしも遠くからこれを眺めたら、炎の森のように見えるかもしれない。
水神に贄を、花嫁を捧げる刻限が来たのだ。
優美なぐらいにゆっくりと裾を翻し、荒れ狂う海に対峙しても彼女がたじろく様子はない。
いかに周囲に持ち上げられ浮きだっていても、いざとなれば怯え泣き出すのが花嫁の相場。
しかし今までの花嫁たちとは異なる凛としたその態度に、祭りの参列者はざわついている。