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苦笑いを浮かべる女が香しい香りを放つ紅茶を満たした白磁のカップを二人分運んでくる。
テーブルに乗せられたシンプルな白一色のカップと自分と対峙するように向かいのソファーに腰掛けた女を交互に見遣りながら、男は僅かに唇を歪めた。

いつ見ても、美しいと思う。
すらりと細くしなやかな身を包む白いサテンのドレス。
それに負けない白く滑らかな肌と卵形の小さな顔に彩りを添える艶やかな曇り一つないブロンドの巻き毛。

ふっくらした薔薇色の唇は絶えず微笑を湛え、同じ色の円らな瞳は見詰められるだけで胸が高鳴る。街を歩けば大抵の男が振り返る、『絶世の美女』とはまさに彼女の為にあるような言葉だ。『気難しいゴリラがトレンチを着て歩いている』そう揶揄される四十を過ぎた冴えない中年男と『生きたビスクドール』の呼び声も高い美少女が、向かい合って紅茶を楽しむ。

同僚が聞けば必ず羨む状況だが、男の心には黒い影が、『恐れ』という名の影がまとわりついたままだった。
彼は、この女が怖いのだ。
初めて会った時から、その言葉ではけして言い表せない恐怖は変わらず、心の中に住み着いている。

「警部さん今日は何のご用?さっき外から、切り裂きジャックの再来とかって聞こえたけど。懐かしいわ、ちょうどあの頃だったわね。あたしが警部さんと出会ったのは。もう十年も過ぎたのね」

優雅な仕草で白磁のカップを口元に運ぶ彼女の口から出た言葉に、彼はぎくりと肩を跳ねさせる。
まさか、彼女の方から切り出してくるとは……。
確かに、彼女との出会いは十年前こんな霧深い陰鬱な日。
世界が闇に閉ざされた夜のことだった。
切り裂きジャックが四人目の娼婦の喉を切り裂いていたのと時を同じくして、彼女はごみ溜めと化した自宅、朽ちかけた貸間長屋で母親の腹を裂き、父親の頭を叩き潰していたのだ。

男の脳裏にあの日の光景が鮮明に浮かぶ。
隣室からの一報を受け、彼以下警官数名が室内に踏み込んだ。
そこで見たものは、まさに地獄。今まで見た現場の中で一番凄惨かつ異様な光景だった。
ベッドを二つも置けば塞がってしまいそうな狭い部屋。
腐った食べ物とゴミ、空になったジンの瓶が数え切れないくらい転がる足の踏み場もない室内は一面真っ赤に染まっていた。

腐りかけた床と散らばった汚物を染め抜く赤、朱、紅……。
乾きかけて粘りつく深紅の海に無造作に転がる服を来た二つの肉の塊。
『母親と父親の残骸』に挟まれ、たっぷりと赤を吸い込んだ襤褸を纏った痩せた少女が座り込んでいた。



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