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「近いの?」
「はい、勿論」

 そう言って笑んだ紅色の唇は、魅惑的だった。
 男は立ち上がる。女はその腕にそっと指をからめ、ほんの少し先に立つようにして歩き出した。きれいに編み込まれ、アップにされた髪、そして、背中のあいたワンピース。そこからのぞく首筋はきちんと伸びて、それでいて白く艶めかしい。それを追うように、知らず男は歩調を早めていた。

 改札を再び抜けて街に出る。駅の構内ではない場所には、もともと最終電車に乗るつもりなどない人が溢れている。改札を抜けた途端、女は男から半歩遅れるようにして歩く。そこを右です、という声が耳朶に優しい。

「いつもあんなところにひとりで立ってるの」
「いろいろです。人が多ければ、外に立つこともなく済みますから」
「じゃあ今日は、少なかったんだ」
「ええ。だから、あなたには感謝しています」

 斜めうしろをみるようにして彼女の顔を見ると、彼女はほんのりと上気した頬で、嫌味なく笑んだ。それに気をよくして、男はまた歩調を早める。女は、黙ってそれに合わせた。
 到着したその店は、確かに駅から近かった。けれど、目立たない場所ではある。店に着くなり前に立った女がその上品そうな木の扉を押し開く。中は静かなものだった。

「どうぞ」

 女が促すままに、男は店の中に足を踏み入れた。女がドアを閉める。
 そこに二人を迎える声はなかった。

「申し訳ありません。とりあえず、お席へどうぞ」

 店の雰囲気は悪くはない。上品そうな家具が揃っているし、間接照明の使い方も巧みだ。けれど、店が空になっているのは頂けない、と、男は考えた。けれどそれは勧誘に出ていた女に言っても仕方がないことなのだろう。男は黙ったまま席についた。

「店の者が奥にいるみたい……、すみません、何かお飲みになりますか?」
「ああ、じゃあ、ビールを……」
「かしこまりました。お待ちくださいね」

 綺麗にお辞儀をしたあとで、女はカウンターの中へと足を運ぶ。奥へと続くらしい扉を開け、一声かけた後で、自分でビールとグラス、つまみを用意する。その手際の良さは、店に店員がいないことも珍しくはないのだろう、と想像させた。

「いつもこんな感じなの」

 戻ってきた女に男は尋ねる。女はビールを注ぎながら、困ったように答えた。

「ええ……すみません。飲み物はきちんとお出しできますから」
「まあ、いいけど」

 ビールを一杯飲み干す。夜とは言え、外に長時間いたせいで、喉が渇いていた。すぐさま次の一杯が注がれる。

「ごめん、もう一本用意しといて」
「はい」

 女は否やもなく立ち上がる。そして、男は次の一杯を飲み干した。
 つまみに手を付けながら、女の気配を肌で感じる。冷蔵庫の開く音、絨毯に噛み殺される静かな足音。
 すぐ近くに来ている、そう男は思った。
 直後、思わず、ひ、と声をあげた。首筋に何か冷たいものが触れたから。



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