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▽ 後輩彼氏の実井くん3


「波多野に何か言われました?」

実井くんと並んで歩く帰り道で早速、今日話したんでしょ?と尋ねられる。その声は何となく、何となくだけど平坦でおそらくあまり機嫌がよろしくない、気がする。とりあえずその顔にはいつもの柔らかい笑顔は浮かんでいない。そして波多野くんについては、話したは話したけれど彼に何か言われたか、と聞かれれば少し返答に迷うのは仕方がないことだと思う。

「大したことは話してないよ、うん、ほんとに……」
「本当に?」
「う、本当……」

波多野くんが実井くんの“よろしくない部分“を嬉々として語っていたことを本人に伝えるべきかどうか、単純にわからなかった。でもそうやって悩む私の心中は当然お見通し、とでもいう様に鳴、と小首を傾げて覗きこんでくるその声にまるでたしなめられている、と感じるのも後ろめたさの表れかな。

「鳴」
「ん、」
「鳴」
「な、何?」

たしなめられている、って感じていた声が少し変化して何の色も含まない声でまた呼ばれたかと思うと、今度はその音を確かめる様にはっきりと口にした実井くん。

「鳴、……って、どうして僕はこうやって君と二人でいる時しか呼ばないか分かります?」
「え……」

突然の問いの答えは分からなかった。けど、理由があるなら知りたいと思っていたことだった。実井くんの声で呼ばれるなら若宮先輩でも鳴でも嬉しいことには変わりないけれど、わざわざ使い分けている理由があるならそれは本人にしかわからないことだから。知りたいし、聞きたい。

「君は僕の彼女だから」

……この台詞の持つ意味がわからなくて頭の中に一瞬クエスチョンマークが浮かんだ。けど、意味なんて考えなくてもこの言葉自体が私を舞い上がらせるには充分で、ふつふつと胸の奥が熱くなるのを感じる。そんな私の胸の高鳴りなんてお構いなしに実井くんは更に言葉を紡ぐ。

「僕だけの鳴ですから。若宮先輩、なら誰でも言うでしょ?けど鳴、って呼ぶのは他の誰の口からも聞きたくない」
「う、うん……」

あ、顔が、熱が顔まで上がってきた。だめだ、すごく熱い。両手で頬を押さえて必死に鎮まるのを待つ私の気持ちを知ってか知らずか、それまでいくらか強い口調だったのを落ち着けて今度はぽつりと呟く様に言葉を続ける実井くん。

「……今日波多野が」
「う、ん?」
「君と会ったって、その足でわざわざ報告に来たんですけど。その時何て言ったと思います?」

今日の実井くんは妙に問題形式の問い掛けが多いな、とかそんなことを思ったって答えがわかるわけでもないし、胸の高鳴りも顔に集まる熱も一向に治まる気配はない。

「鳴先輩に会った、って言ったんですよ。聞いた瞬間正直頭にきました」

ああやっぱり怒ってた、だから少しいつもと表情が違った。……けど今この瞬間にそんな理由を聞かされたらもうどうにかなってしまいそうなのに。それを必死に、必死に抑え込んでなるべく冷静に言葉を返した。

「私の前では言ったことないよ……多分」
「僕だって今日初めて言われたんです。ま、僕を煽ったつもりなんじゃないですか?効果は……」

また語気を強めて、更に今度は少々早口で話すものだからやっぱりいつも見ている姿とはまだ少し違って新鮮だなあとか何だか嬉しくなってしまうのはいけないことかな、なんて少しの罪悪感を覚えながら効果は、の後に続く言葉を待つ。

「……だいぶありましたけど」

……一見些細な、波多野くんの何気ない……ではなくてわざと意地悪な?呼び方が効果的だったからこそ珍しくこの人はむくれていたんだ、そうなんだ、とか思ってしまったら、あ、いけない。考えたらまた堪らなくなる、止めよう。

「また君の名前を呼ぶようなら僕から注意しておきますから。……言ったって聞かないだろうけど」
「……天の邪鬼なんだね」
「だから君も、ね。僕以外にそう呼ばれたって、振り向いちゃ駄目ですよ」
「う、ん」

よろしい、とにっこり笑った実井くんはもういつもの彼だった。普段通りの、年下とは思えない余裕のある表情。

「禁止事項多いですか?」
「あ、」
「嫌?」
「嫌じゃ、ない……です」
「良かった」

不思議なことに、物騒な言葉もこの人から聞いたら全然嫌だなんて思わない。それにその後のほっとした笑顔を見せられたらやっぱり嬉しくなってしまうだけなのに。こんなのずるい、わざとなんじゃないかとすら思ってしまうのは……あ、もしかしてこれが腹黒いってことなのかな、とか、さすがに考えすぎかな。……もしそうだとしても、やっぱり嫌いになんてなるはずない。むしろ、うん、逆効果だよ波多野くん。


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