学パロ | ナノ


▽ 隣の席の神永くん8


学期も中頃に差し掛かり大分涼しくなって、制服も長袖に切り替わる時期。年に一度の文化祭の季節がやってきた。
うちのクラスでは展示をやることに決まってから、休み時間や、最近では放課後まで残って作業することも多くなってきた。授業が終わると誰からともなくそれぞれが担当の作業を始めて、けれど部活動に所属しているクラスメートも少なくはない。そういう人達は適度に切り上げていくから、気付けば終わりの頃まで残っている人数は疎らになって……というのがここのところ当たり前になっている。
こんな時、帰宅部って都合が悪いなって思う。特に今日なんかは最後の授業が体育だったから正直いつもより面倒なわけで……かと言って、ありもしない外せない用事を言い訳に頃合いを見て抜け出す程器用に立ち回るつもりもないのだけれど。
ふと、隣で口笛を吹きながら手際良く作業を進めている同じく帰宅部の神永くんを見やる。この人が部活に入ってないのってやっぱり学業優先の為なんだろうか……って一瞬考えたけど、きっと神永くんなら部活をやってたって学年トップをキープ出来る気がする。から、どちらかと言うと成績の為というより女の子と遊ぶ時間がなくなる、の方がそれっぽい。

「若宮さん?熱い視線が嬉しいんだけど、どしたの?」
「あ、ごめん……」
「嬉しいって言ったろ?どうして謝んのさ」

笑顔でこちらを覗き込みつつ、それでも作業をこなす彼の手は止まらない。こんな場面でもその要領の良さを見せ付けてくるとは、とすらもはや思えない。神永くんが何か失敗するところとか想像出来ないし。天はこの人に何物も与えすぎだと思うけど、与えられたものを余すことなく物にしている事実はやっぱり彼の本質が常人外れなことを証明しているに過ぎない。

「若宮さん?もしかして疲れてる?」
「……神永くんは疲れすら知らなさそうだよね」
「相変わらず俺を何だと思ってんのさ」
「常人外」
「はは、」

条件反射っぽい乾いた笑い声の後「ん、あとちょっと」と呟いた神永くんの手元ではその言葉通り、あっという間にカラフルな立方体が組上がった。というか何に使うんだ、これ。

「……それってどこの部分だっけ」
「若宮さん作ってくれた、それ、そう。これと合わせればさ、……っと、」

促されるままこれまたカラフルな私作の形の異なるパーツを手渡すと彼はぴたりと二つを合わせてみせて、なるほどあの部分かと何となく理解できた。

「あれ、もしかしてそっちももうテープない?」
「あ、ないね」

神永くんの言葉を受けて床に目を向けるとそこにあるのは芯ばかりになった残骸のみで、他のグループに借りても結局すぐに同じ状況になるのは容易に想像出来る。どうしようか、と神永くんを見つめると、彼は軽く肩を竦めてから「うん」と笑って頷いた。

「買い出し、行くかあ。若宮さんも付き合ってよ。息抜きついでにさ」
「あ、うん」
「よしゃ、」

そう言ってにかりと笑った神永くんが立ち上がるのに続いて、忙しなく作業を進めるクラスメートの横を通り過ぎて教室を後にした。
グラウンドから聞こえてくる部活動に励む声が響く廊下を並んで歩きながら、購買はもう閉まっているから少し遠いけどバス停前のあの店まで行こうと話した。そうして靴箱で靴に履き替えて正面玄関を出てすぐの校門に向かおうとすると「こっちこっち」と神永くんは別の方向を示す。近道かなとついていくと、裏門手前の自転車置き場で一旦足を止める神永くん。……ん、あれ?

「……神永くんって自転車通学なんだっけ」

確か違うはず、思いながら窺う先の神永くんはたくさんの自転車の中をうろうろしながらあったあった、と一台の自転車に手を掛けた。

「や、違うけどさ、さっき借りてきたんだよね」

やっぱりそうだよね。たまに登校時間が重なって「おはよう」って声を掛けて来てくれる時でも、神永くんが自転車に乗っているところは見たことないし……て、違う──“借りてきた”?いつ?まさかついさっき、ここに来るまでの間に?え、抜かりが無さ過ぎる……流石過ぎる。……て、これも違う。いや違うというか、今はそんなのどうでも良くて──待て、待て。

「良し。行こう」

鍵を回して既にサドルに跨がる神永くんはさも当然のように後ろの荷台を視線で示す。

「……え、え!?」
「大丈夫、上手いんだぜ俺」
「ま、まって!やだ無理!」
「何が、何で」
「ふ、二人乗りとかしたことない、無理」
「じゃあ今日が記念すべき初体験だ」

にかと笑う神永くんからどうやったら逃れられるのか皆目見当も付かない。え、本当にどうしよう。

「あ、わ……私が漕ぐ」
「ぶ、何言ってんのさ」

何を言ってるのかわからないのは神永くんの方なんですが。

「後ろとか無理……」
「けどやったことないんだろ?」
「う、」
「大丈夫。若宮さんは後ろで秋の風でも感じててくれれば良いからさ?」

眩しい。笑顔が。やっぱり逃げられそうもない……それにしたって、どうしてよりにもよって今日なんだろう。重いのはともかく体育終わりの放課後のコンボって最悪過ぎる。時間割と神を恨むぞこれは。……ああ、もう──

「……重いとか臭いとか言わないでね」

言わなければ気付かれないかもしれないけど、というか神永くんはたとえそう思っても口に出したりしないんだろうけど──何にせよ彼の言葉をそのまま借りるなら“記念すべき初体験”をよもやこんな場面で。したくなかった。

「重くないし臭くないから言わないよ」

さらり笑みを深める神永くん。言ってくれるのだ、この人は。
……良いや、諦めた。どうやったって避けられない事態なら、こうやってもだもだする程やりにくくなるし。もうどうにでもなれ──……とは言え二人乗りが初めてなのは事実なので一瞬どうすれば、と考えて、そうしてなるべく密着度の低そうな横向きで座ることにした。意を決して、神永くんの待つ後ろの荷台に腰を下ろす。

「……これ、大丈夫?行ける?」
「おっけ、任せてよ。あ、けど危ないからさ。ちゃんとつかまって?」
「う、うん」

荷台外側のスペースを掴んだ手に力を込めて、逆側の神永くんに近い方の手は軽く彼の肩に置く。そうしたら神永くんは「よっしゃ」と弾む声でペダルを漕ぎ出した。


「……──」

始めゆっくりと動き出した自転車は次第にスピードを増していく。自分の足で漕いだ分進むのが自転車だから、人にその全てを委ねるとなるとどうなんだろうと不安を感じないこともなかったのだけれど──そこはやっぱり流石の神永くん、というか自分で上手いと言うだけあって、想像していたよりは頼り無さを感じなくて。けれどやっぱりどこか全身はふわふわと覚束ない感覚に包まれるような、例えようのない緊張感みたいな──それでも怖いとか、そんな風には思わなかった。
そうして敷地周りまでの道を抜けたらさらさら、見慣れた景色が流れていく。時折かたん、と小さくその視界ごと体が揺れて、だけれどそうなる前に神永くんが「段差あるよ」と教えてくれたのでその度に「うん」と答えた。
「どう?平気?」「大丈夫」
「気持ち良いねえ」「うん」
「アイスとか買っちゃう?」「寒くない?」「それはそうだなあ」
道中での会話はそんな当たり障りのない内容ばかりで、いつの間にか気が付けば目的地に辿り着いていた。
自転車を降りて「ありがとう」と告げたら神永くんは「どういたしまして」と笑って、嫌味一つ感じさせないその表情は素直に良い笑顔だとそう思えた。
買い出しを済ませて帰りも同じように神永くんがペダルを漕ぐ後ろに座って、そうしたら教室を出てきた時より赤く染まる空気に気付いてああもう秋だなあと心地良さを感じたりして。……何だ、結局神永くんの言った通りになったじゃないか──まんまと乗せられてのせられた自分に単純だなあと感じつつそれでも二人乗りも悪くないかな、なんてそんなことを思う帰り道だった。


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