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▽ 隣の席の神永くん7


改めて。
神永くんは人気がある。改めてというのには理由があって、この「顔良し成績良し欠点無し」の完璧超人は当然の事ながら女子生徒の注目を一身に集めていてそれはもうモテる。そして、こう言ってしまうとまるで“男子生徒から慕われているわけではない”みたいに捉えられてもおかしくないけど、それは語弊があって。女子だけでなくしっかりと男子からの人望も厚いのが神永くんという人で、誰にでも分け隔てなく接して誰からも気さくに声を掛けられる、ある意味抜け目のない人だと思う。
そんな隣の席の神永くん、今は一人でぼんやりスマホを眺めてる。端末からはコードが伸びていて、その先には彼の耳を塞ぐイヤホン。どうやら音楽を聴いているらしい……と。

「若宮さん」
「……あ、」

目線を上げてふいとこちらを向いた彼と目が合って我に返った。見つめすぎてた……。

「何、どしたの?」
「……ああ、えっと、何聴いてるの」
「あ、これ?」

言いながら神永くんは外したイヤホンをこちらに寄越す。受け取って彼に近い片耳にだけ軽く当てて、そうしたら軽快な、綺麗な演奏の音と聴いたことのある歌声が流れてきた。

「わかる?」
「……ん、この曲は知らないけど、歌ってるのは、あのCMの……確か、四人組の、?」

最近良く耳にするCMソングの、名前はなんて言ったっけ。

「そう、それ。この曲はさ、好きで聴いてなければ、多分知らないよな」

イヤホンを返すと神永くんはそれをスマホと一緒に手際良く纏めて机の中に仕舞うから少し悪い気になる。けど同時に、爽やかな笑顔を向けながらそうしてくれる律儀さに感動もした。さすがすぎるな、とか思いながら、たった今耳にした音楽を改めて思い返す。

「何て言うか、神永くんもそういうの好きなんだね」
「ん?そういうのって?」
「そういう、普通のバンドっていうか」
「はは、何だよ。本当若宮さんって俺を何だと思ってるんだよって」
「えっと、好きなんだよね?そのバンド」
「そりゃあ、まあ。好きだよ」
「じゃあ、何で好きなの?」
「え?」
「何が良いって思ったの?」
「何が?……何が、?」

次々と勝手に言葉が出てきた。自分でも良くわからないんだけど──いや、本当はわかってる。純粋に、私は神永くんという人のことを知りたいのだ。非凡な人の思考とは、好みは、平凡な私達と何かが違うのか、どう違うのかって、知りたくなった。

「何が、ねえ……」

考えこむ神永くん。ほんの少し眉を引き上げていかにも思考を巡らす素振りの彼を見ていると、やっぱり律儀な人なんだよなあって感心する。やがて「うん」と一つ頷いた神永くんは、へらりと軽い笑顔で私に向き直った。

「好きなものは好き、じゃダメ?」
「……そっか。ううん、ダメじゃない」
「良かった。なら、そういうことだよ」

……別に、ダメじゃない。ダメじゃないけど──

「……でも、なんか神永くんって」
「ん?」
「そう言って、何でも好きってまとめちゃいそうなところある」
「うん?」
「好きなものは好きって……当たり前だけど、神永くんがそれ言っちゃうと、こう、大体のものをそうやってまとめてそうな感じがする、かも……」
「え?」
「何か……そう言っておけば丸くおさまるし、けどそれって本音をはぐらかされてるっていうか、」
「……本音?」

……あ。
やった。
やってしまった。
ぽろりと口をついて出た私のこれこそ本音が溢れてしまった。

「あっ違うの!……や、違わないけどでもあの、悪い意味じゃなくて、……いや、良い意味でも、ない、ん……だ、けど……」

しどろもどろになりながら否定したけど一度出てしまった言葉は取り消せない。
少し前からだ。こうして話すようになって、神永くんに対して感じるようになっていたことがあった。
神永くんは誰とでも仲良く出来て、けどそれって愛想が良いってことで。愛想が良いのは決して悪いことじゃないけど、神永くんって人は突出している。何もかもが誰よりもずば抜けて優秀な天才で、そんな彼はきっと普通の高校生が考えられるよりもっとずっと広い視野で全てを見ている。だからそんな人の言うことが、私も含めた他の子達の言動とぴったり一致するのかって、彼自身にそんな意識はなくてもどこかで諦めてこちらに合わせてくれているところがあるんじゃないかって、その諦めが愛想の良さに繋がっていたり、するんじゃないかって──そんなことを、ものすごく勝手だけど思っていた。

「あの、……ごめん」
「え?何でまた謝るの?」
「デリカシー……?が、なかったかなって……」

おそるおそる神永くんを窺うと、そこには初めて見る表情があった。ぱちくり、なんてまさかこの人を表すために使うなんて意外とさえ思う程、大きな目を見開いて、いつもの賑やかな表情とは違う新鮮な、驚きを浮かべてるような……が、それも一瞬だった。ふっとたち消えたその表情から、今度はどこか穏やかに笑う神永くん。つい何笑ってんだ、って茶化したくなったけど耐えた。

「若宮さんってさ、多分俺のことすごく評価してくれてるんだよな」

さらりと言われた。普通の高校生って多分こんなこと言わない。が、あながち間違いでもない。私、神永くんのこと普通だと思えないのは事実だし。

「……だって神永くんだし」
「ん、ありがとう」
「……褒めてはないけど……」
「だな。……まあ、ここからは俺の思い込みで話すけど、間違ってたら止めてよ」
「……うん」
「あのさ、好きなものは好きって言うなら、嫌いなものは嫌いでちゃんとあるってことだよ」
「うん」

思い込みなんて前提を付けて話し始めた彼だけど、大体……どころかばっちり合っている。やっぱりさすがとしか言えない。

「勉強も、流行りの音楽聴くのも女の子と遊ぶのも好きだし。気の合う奴らと下らない話して盛り上がったりするのもさ、ちゃんと好きなんだよ」
「うん」
「それでも得意な科目とそうでもないのってあるし。誰かを積極的に嫌おうとは思わないけど、色んな子とデートしたら、その中には特別会いたいって思う子もやっぱりいたりしてさ、男でも話しやすい奴とか結構決まってるし」
「うん」
「だからさ、普通なんだよ」
「……うん」

普通、なのか。神永くんは“普通”なのか。うんうんと相槌しか打てなくて実際は彼の言うことの半分も飲み込めた気はしていないけどとりあえず本人がそう言うのなら、そうなのかな。

「ま、こう言うとまた自惚れって思われるかもだけどさ」
「ううん」
「全部思い込みだし鼻で笑ってくれても良いけどさ?でも出来れば嫌いにはならないでくれたら、やっぱりそっちの方が嬉しいんだよな」
「嫌い、には……ならないよ?……多分」
「はは、多分?や、なら良いや」

……やっぱり良くわからない。“普通”の基準も、もしかして天才は普通じゃないんじゃないの?

「ん。やっぱりちゃんとした理由はなくてもさ。好きなものは好きだからさ」
「うん」
「そうだな、若宮さんがこうやって俺に話し掛けてくれるのもさ、好きだよ」
「うん……えっ?」
「だからまた何でも聞いてよ。興味持ってくれてるって嬉しいからさ」
「……そ、そういうこと言わせたかったわけじゃないから!」
「ん、だよな。若宮さんはそういうんじゃないよな」

そう言ってからりと神永くんは笑う。何これ、なんだこの着地点……やっぱり普通じゃない。そもそも“そういうんじゃない”って何だ。神永くんの基準でそう言われても、さっぱり──あ。違う。いや違わない、か。
神永くんが私に対して抱く何らかがあるとして、それは彼の中にしかない基準であって私を含めた他人には知り得ないものではあるけど──それでも、彼がそれぞれ誰かに抱く感情は違っていて、これって他人を区別しているってことで。ならば適当に一纏めの感情、なんてとんでもない。人も物も、神永くんは自分の意志でちゃんと好きでいるのだ。ずば抜けた頭脳でどれだけ勉強ができても、普通の高校生よりずっと落ち着いて欠点が無いように見えても、やっぱり彼も私達と同じ一人の人間ってことだ。当たり前だ。……そっか。この人も、当たり前がちゃんと当たり前なんだ。

「……うん、まあ、うん。わかった気がする」
「そっか」
「うん」
「うん」

勝手な線引きをして神永くんのことを見ていた私。良くも悪くも、彼のことを特別だと思いすぎていた。特別な、選ばれた人だからただのクラスメートじゃないって、多分そこまで思っていた。気付いたらなかなか酷い思考かも──けどそうか、普通のクラスメートなら──

「……私も、神永くんのこと好きになりたいな」

特別視するんじゃなくて、ちゃんと一人の人として。……友達、として。
……ん、あれ?

「へ」
「え」
「……マジで?」
「……あっ」

遅かった。後悔するには、口が滑ったというには遅すぎた。……神永くんに対してどうこうの前に、私は自分の軽率さを猛省すべきなんじゃないだろうか……って、だからこれが遅いんだけど。間に合わない焦りが怒濤のように押し寄せてきて、だけど真顔の神永くんとしばし無言で見つめ合いながら「あ、こんな反応するなんてやっぱり同じ人間なんだな」ってどこか冷静に考えた。とりあえず、今日はもうダメだ。帰りたい。


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