▽ 後輩彼氏の実井くん5
移動教室で中庭を歩いていると、ふと、何となく誰かに呼ばれた様な気がした。
「……あ、おい実井」
「先輩でしょ?わかってますよ」
「うぜえ……」
「呼ばなくて良いのか」
「見てればわかりますよ」
「は?」
「きっともうすぐ気付きます」
上の方にその気配がある気がして校舎の二階辺りに目をやると、実井くんと波多野くん三好くんの三人組が窓際でこちらを見下ろしているのに気付いた。開いている窓の枠に凭れて笑顔でひらひらと手を振る実井くんに手を振り返すと彼の口が何事かを告げている。
「ね?呼ばなくても気付いてくれたでしょ?」
「うっぜ」
「テレパシーでも使ったのか」
「テレパシー?馬鹿なこと言わないでくださいよ」
「……確かに鬱陶しいな」
「実井てめえ突き落とすぞ」
「どうぞ?ご自由に」
何を言っているのかここからではわからないけれど、実井くんの崩れない笑顔と、それとはまるで正反対の二人の冷めた表情に少し不安になった。隣を歩く友達が鳴ちゃんの彼氏やっぱり可愛い、と笑って言ってくれるけど、彼女にはあの二人の表情が見えていないのかな。
「あれ、きっと鳴ちゃんのこと自慢してるんだよ」
「え?」
「三好くんも波多野くんも面白くないって顔してるもん。のろけられたらそりゃあ良い気なんてしないでしょ」
「えー……」
あの三人に限ってそんな会話するのかな……私の知っている彼らは、三人揃って頭が良くて落ち着いているから、そんな浮わついた話題で盛り上がるのが想像できない。あ、いや盛り上がってはないな。どちらかと言えば、いまだにひとりだけ涼しい顔で手を振り続けている実井くんに嫌々付き合わされている二人と言った方が近いと思う。実井くんと知り合ったことで、自動的に彼らとも校内ですれ違えば挨拶と少しの会話ならするくらいの関係にはなったけど、実井くん以上に常に落ち着き払った雰囲気を纏っている二人なものだから、そこから必要以上のやり取りを交わす気にならないのだ。特に仲良くなりたいというわけでもないけど、実井くんと良く行動を共にしていることを考えれば変な苦手意識は取り除きたいという思いはある。……なんて、打算的かな……と少し自己嫌悪に陥りかけた。
そんな私の隣でからからと笑いながら、あっでも私はむしろ聞きたいから全然のろけちゃって!と楽しそうな彼女に、ありがとうと軽く笑って答えた。
「なあ」
「はい?」
「お前なんで若宮先輩と付き合ってんの」
「はい?」
「先輩のアプローチ見てたけどさ、まさかマジで付き合うとは思わなかったんだよ」
「はあ」
突き当たりに迫る角を曲がればもう実井くん達の姿は見えなくなる。今もう一度見上げれば、まだそこにいるんだろうか。
「なあ何で?」
「何で、と言われても……可愛かったから」
「あ?」
「僕を見る目が可愛かったから」
「……はあ?」
まだ三人で話してるのかな、何を話していたのかは帰り道で聞こうかな。……ちゃんと本当のことを教えてくれるだろうか。
「惚気なら結構」
「別に惚気たわけじゃなくて事実なんですけど……ま、君達にはわかりませんよね」
「意味わかんねー。つーかうぜえ」
角に差し掛かった瞬間やっぱりもう一度実井くんの方を見上げたい気持ちになったけど、どうせ放課後また会えるんだしその時まで我慢しよう、そう決意したらちょうど予鈴が鳴って、早足になる友達に急かされて私も教室への道のりを後ろ髪を引かれる思いで駆け足で向かった。