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▽ 後輩彼氏の実井くん4


実井くんが家に来るのは二度目で、前の時はお母さんがいた。どちらにも前もって言っておいたけど、玄関ではじめましてと丁寧に挨拶する実井くんにいつも鳴がお世話になってますと迎えたお母さんの方が緊張しているみたいだった。
初対面同士の彼氏と母親のやり取りを見守るというちょっと、いやかなり恥ずかしい儀式を終えてから部屋に向かおうとした時に実井くんが耳元でこそっと鳴に似てる、と囁いた。ぐっと近付いた距離と抑えられた低い声に顔が熱くなるのを感じて、それを誤魔化したくて私がお母さんに似てるんだよと言ったらそれもそうだと笑った。

これが前回実井くんが初めて家に来た時の思い出、だけど今日は誰もいない。家に向かう途中にそのことを告げると会いたかったな、なんて言うものだからやっぱり年下とは思えない。

「お邪魔します」
「どうぞ」

飲み物持っていくから先に部屋に行っててね、そう告げるとはあいと楽しそうに歩いていく。あ、可愛いと思ったのは何となく言わないでおこう。
飲み物と、あと冷蔵庫を開けたら実井くんと食べてねとメモが添えられたケーキの箱があったのでそれも一緒に持っていく。部屋のドアを開けると実井くんはベッドに腰掛けていた。

「鳴の部屋、落ち着くんですよね」
「まだ二回目なのに」

くすりと笑うと実井くんも不思議ですね、とふふっと笑うからきゅんとする。……あ、やっぱり二人きりだと気持ちがだいぶ違う、様な、どうしよう持たないかもしれない。

「あの、ね、ケーキを買っててくれたみたいでね、お母さんが、紅茶にしたんだけど良かったかな」
「うわあ、それはぜひ今度直接お礼を言わないと」

ベッドのすぐ横のテーブルにケーキの箱を置いて足を崩して座り、早速箱を開けると、ベッドから身を乗り出してその中身を覗き込もうとする実井くん。顔が一気にち、近い……!

「どっ……どれが良い?」
「んー……」

目移りするようにちょこちょこと顔を振る実井くんをちらと横目で窺うとばっちりと目が合って、まるで時間が止まったみたいに動けなくなる。あ、まずい。良くわからないけどそんな風に思ってしまって、そしたら何かが鼻の頭にとん、と押し付けられて。

「鳴」

押し付けられた何か、は実井くんの人差し指。一瞬、え、と何のことだかさっぱりで、実井くんがくすりと笑った声で我に返る。

「鳴が良い、はどうですか?」

……我に返るなんてとんでもない、彼の口から出た言葉に何もかもが吹き飛んだ。ぐるぐると目が回るような感覚にああもう、また絶対に顔が真っ赤になっているはず。唇にぎゅっと力が入って何も言えない私にまたふふふと笑顔を見せる実井くん。

「可愛いなあ、もう」
「……や、」

やめて、と言いたいけど上手く声が出せない。実井くんの掌の上でころころと良い様に転がされてるみたいで、また目眩がする感覚に襲われた。

「いや、すみません。ちょっと調子に乗りすぎたかな」
「うっ、ううん、大丈夫……」

本当は全然余裕なんてなくて、大丈夫、と言う言葉自体まるで嘘を吐くようで自分が情けない。

「ね、隣にきてくれません?」

ちょこっと首を傾げて柔らかい表情をしてみせる、そんなの断れる筈もなくて実井くんの隣にそっと座るとぎしりとベッドが沈む。覗きこむように見られるのも緊張したけど、今度はすぐ横に彼がいると思うとこれもまた顔が上げられない。

「鳴」

それでもこうやって呼ばれたら無視するわけにもいかなくてゆっくりと目を合わせると、いつもの柔らかいままの雰囲気の中に男らしい表情の実井くんがいる。優しくて可愛らしい甘さだけじゃない、涼しげな凛々しさを含むその表情にあ、私の好きになった人だとそう思った。
その顔が次第に距離をつめてくる。動けなくて、ああでも今はそれで良いんだってゆっくりと目を閉じた。


無音の空間にガチャリ、と遠くでドアノブが回る音が響く。続いてただいまーと明るく弾むお母さんの声。ぎくっとして、思わず目を開くと鼻先が触れる距離の実井くんの顔がそこでぴたりと止まっていた。
……お約束すぎる。本当にこんなことあるんだ、とまるで風船の空気が抜けるみたいにしゅるるると一気に脱力してまた下を向いた、ら、ぐいと顎を掴まれて顔を上げられる感覚と唇に柔らかいものが触れる感触をほぼ同時に受ける。目を瞑る間もなく、ただ、いつもは大きく開かれているその目を閉じた実井くんの顔がすぐそこにあって、何が起こったのかは脳が瞬時に理解した。あ、と思った時にはぱっと唇が離れて大きな瞳が開かれる。

「我慢できませんでした」

にっこり笑顔でけろりと言う実井くんに何も言葉を返せない。それなのにぱちぱちと目だけがやたらと瞬きを繰り返すものだから目の前の彼はぷっと小さく吹き出して、それでやっと緊張していた全身から力が抜けていく感覚がした。

「さて。じゃ、ケーキ頂きましょうか」

……ケーキ?い、今?あまりに落ち着いた実井くんの態度に何だかこちらも冷静な疑問が浮かんで目が丸くなる。そんな私に気付いて、ん?と小首を傾げる実井くんがまたさらりと笑う。

「きっと今が一番甘くて美味しいですよ」

箱の中から苺の乗ったタルトを一つお皿に移していただきます、と礼儀正しく手を合わせフォークを手にする彼に甘さと、でもそれだけではない何か得体の知れない恐れを感じたのだった。


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